第五話 先生の場合
夕暮れ時、部活動の声が校庭から響く中、
俺だけ空き教室に取り残されていた。
「冬柴くん……また、補講ですか……
そんなに私に会いたいんですか?」
「先生が補講をやめてくれたら俺も参加せずに済みますよ」
「あなたがテストで赤点を取らなければいいだけですよ」
くっ……俺は数学が苦手だ……そのため、テストがあるたびに佐久間咲先生のお世話になっている。
佐久間先生はショートボブの金髪に青い瞳をしている。アメリカ人と日本人とのハーフらしい。
「ここはそもそも考え方が違います。
あなた、脳みそはついているのですか?」
そう……この先生は流暢な日本語で毒を吐いてくる。それ目当てに補講を受ける物好きもいるらしいが……俺は少し苦手だった。
ありがた迷惑だが、
彼女は夜まで補講に付き合ってくれる。
数学が万年赤点スレスレの俺は、補講の度に呼び出されていた。
まぁでも、自分の時間を削ってまで生徒に尽くしてくれている、いい先生だとは思う。
気づけば時計の短針は七を指していた。
「ふぅ……今日はこのくらいにしておきましょうか。冬柴くん、いつものように自宅まで送りますよ」
「いや、大丈夫ですよ。近いですし」
「通学の時間を短縮して、
少しでも勉強時間に充てなさい」
「……はい」
返す言葉もない。
赤いスポーツカーに乗せられ、気まずい時間が流れていく。
助手席で、呼吸の仕方さえ忘れたような居心地の悪さを感じる。
「えっ!」
佐久間先生が突然声を張る。
「冬柴くん、緊急事態よ!」
「何かあったんですか?」
普段と違う先生の剣幕に、気圧される。
先生は信号でUターンをすると、ファミレスの駐車場に車を停めた。
「先生、いったいどうしたんですか?
車が故障でもしたんです?」
「何を言っているのですか?
あれを見てください!」
先生の指し示す先に、ファミレスの旗が立っていた。どうやら、ゆるキャラみたいなマスコットキャラとのコラボの広告のようだ。
「なんですか、あれ?」
「あれは、ネムネムくんよ。
今、コラボ料理を出しているの。
今ならもれなく限定キーホルダーがもらえるのよ」
「へぇー、そうなんですね」
聞いておいてなんだが、まったく興味がない。
「ところで……冬柴くん……お腹空いているわよね?」
「えっ……まぁ……」
「よし、それなら決まりね。
ご両親に連絡してください。
私が奢ってあげます」
「両親なら基本的に出張で家を留守にしていますから必要ないです」
「なら、好都合ね!」
なんだこの先生……突然キャラ変したぞ。
佐久間先生に強引に手を引かれ、ファミレスに入店した。
先生はテーブル席に座るなり、スマホで注文を始めた。
俺も何だかんだいって、
久しぶりのファミレスに浮かれ、メニューに目を通していた。
「追加で注文するのですか?」
「へっ……追加?」
「はい、私とキミはネムネムくんハンバーグを食べるのです」
「食べるのですって……俺の分も選んじゃったんですね」
「冬柴くん、何を言っているのですか?
ネムネムくんのキーホルダーがついてくるのですよ。コラボハンバーグ一択でしょ」
圧がすごい。まぁ、それだけ好きってことか。
奢りだしあんまりわがままは言わないようにしよう。
「でも、意外ですね。先生って感情豊かなんですね」
「キミは私を何だと思っている」
「数学に取り憑かれた冷酷な教師」
「冬柴くん……明日も補講にしますよ」
「すみません。冗談ですって、生徒思いの素敵な先生だと思います」
「ふんっ、今さら取り繕っても遅いですから」
「そんなことないですよ。いつも送ってくれますし、今日だってご飯までご馳走していただいて、ありがとうございます」
「キミは、意外と気持ちをストレートに伝えるのですね」
「ま、それが長所でもありますから」
そうこうしていると、配膳ロボットがハンバーグとライスを運んできた。
「あっ、俺、水取ってきますね」
「あ……ありがとうございます」
セルフサービスコーナーから、コップに注いだ水を運ぶ。
って……えっ?
テーブルの上に二つの鉄板――佐久間先生の前にあるはずのライスと特大ハンバーグは既に姿を消していた。
「先生、もう食べたんですか?」
「すみません……お腹が空いていまして……ゲフッ」
俺が水を注ぐのに一分も経ってないぞ……化け物か?
先生が料理の隣に置かれていた黒い小袋を手に取る――息を飲み、それを開いた。
「それが、限定キーホルダーですか?」
袋を開くと、白くて丸い団子のようなキャラクターが巨大な剣を持っていた。
「これは……死んだ父の仇を取るため、剣を取ったネムネムくん」
どういう世界観の話だよ。
「そうなんですね」
ハンバーグを頬張りながら、普段は見れない先生の浮かれ顔に、少し見惚れていた。
「冬柴くん……キミのも見てみたい……」
「あ、これ、いくつか種類があるんですね。
わかりましたよ。開けますね」
小袋を破ると、グラサンをかけ特攻服を着たネムネムくんが出てきた。
「何だ……これ?」
「それはっ! 反抗期にグレたネムネムくん!」
マジで世界観がわからん。
「先生、いりますか?
俺、興味ないですし」
「いいの?」
「はい、どうぞ!」
「やったー!」
この人、子どもなんだか大人なんだか分からない人だな。
「先生、よだれがついてますよ」
俺は紙ナプキンで先生の口元を拭ってやる。
「なっ……ありがとう……ございます。
冬柴くんは女性慣れしているのだな」
「そうですか、でも俺、彼女いたことないですよ」
「そうなのか?」
「だから、いつでもお待ちしていますよ」
「キミは……教師を誑かす気か?」
「ははは、冗談ですよ。先生は俺に誑かされるようなチョロい女性じゃないですよ」
「そ、そうだな……」
その後も先生と思いがけないひと時を過ごした。
少しだけ、次の補講が楽しみになったかもしれない。




