第四話 後輩の場合
「あっ、晴斗せんぱーい! お邪魔してまーす」
ウェーブがかった栗色の髪の少女が、リビングのソファーから手を振っていた。
「あっ、莉子ちゃん。こんにちは」
「ちょっと、にーに、莉子を嫌らしい目で見ないでよ! 部屋に上がってて!」
「そんな目で見るかぁ!」
「えっ、お兄さん……莉子に魅力がないんですかぁ?」
そう言って莉子ちゃんは制服のスカートを軽く持ち上げてみせる。
「ちょっ、にーには早く二階に上がってよ!
莉子もやめなさいってば!」
心音が莉子ちゃんのスカートを押さえる。
彼女の白い太ももに一瞬でも視線が奪われ、自分がどうしようもなく男なんだと実感させられる。
彼女は妹の同級生で川瀬莉子ちゃんだ。
ちょっとおませなガキンチョだが、
ことあるごとに俺を挑発してくる。
しかし、さすがの俺でも、
妹の友達に告白するようなことはしていない。
❀
小説を読み終え、飲み物を一階に取りに行った。
リビングからはテレビの音が聞こえてきた。
ソファーに目を向けると心音が横になって寝ていた。
窓際に洗濯物が取り込まれていた。
窓ガラスには雨が打ち付けられていた。
俺は視線を床に落とす。
「……莉子ちゃん?」
俺のボクサーパンツを鼻にあて、身悶えている莉子ちゃんがいた。
「せ、先輩っ……い、いつからそこに……」
「ご、ごめん……出直すわ」
なぜか自分が悪いことをしたような気分になり、慌てて二階の部屋に戻る。
部屋に戻ると、誰かがドタバタと階段を駆け上がってくる音がした。
勢いよく部屋の扉が開かれた。
「せ、先輩! わ、私、違いますからね!」
「な、何が違うんだ?
大丈夫だよ、俺は何も見てないから」
「その、心音ちゃんが眠ってしまって……雨が降ってきて……洗濯物を取り込んだんです」
「あんまり人ん家の洗濯物って取り込まなくないか?」
「それは……ごめんなさい……」
莉子ちゃんは泣きそうな顔でうつむく。
「別に怒ってないよ」
「先輩……見てましたよね?」
「いや……見てない」
「ううっ……うわぁぁぁん」
突然、莉子ちゃんが胸に飛び込んできた。
俺はバランスを崩し、ベッドに押し倒される。
「莉子、変態さんじゃないですから!」
「大丈夫、そんなこと思ってないよ」
「先輩……莉子のこと嫌いですよね?」
「そんなことないって、好きも嫌いもないよ」
「うぅぅ……眼中にすらないんだぁ」
「いや、そんなことないって。莉子ちゃんは魅力的だよ」
「先輩……それ、誰にでも言っていませんか?」
「うっ……」
言われてみればそんな気もする。
「なんか、言い慣れてますもん」
「てか、莉子ちゃん……のいてくれよ。
心音に見られたらやばいって」
「もういいです。莉子は変態なんです。
先輩の匂いが大好きなド変態です」
「ちょ、いきなり何のカミングアウトだよ」
誤魔化しきれないと踏んで開き直りやがった。
莉子ちゃんが俺の胸に顔を埋める。
「くはぁ……先輩の匂いたまんねぇぜ」
「最初のメスガキキャラはどこにいったんだよ」
「えっ、先輩ってばそういうのが好きなんだぁ。
いいですよ。莉子が叶えてあげますね」
「いや、好きだけど、今じゃない」
「お兄さん……莉子の生足を見て興奮したんだぁ。
いけないお兄さんですねぇ」
この短時間で彼女のキャラがコロコロ変わっていく。
「莉子ちゃん、落ち着いてよ。俺は普段通りの莉子ちゃんが好きだから」
「えっ……先輩……莉子……変態さんだけどいいんですか?」
「いいんですか……とは?」
「もう……女の子に言わせたいんだぁ……先輩も変態さんなんですね」
直後、廊下から殺気が――
「ねぇ、二人とも何してんの?」
心音のどすの利いた声が響く。
「ち、違うの、心音ちゃん!
お兄さんが二人で部屋で遊ぼうって……」
「ちょ、莉子ちゃん!?」
「私のにーにだよ。お兄さんなんて呼ばないで」
「ひっ……」
莉子ちゃんが俺の腕の中で震えている。
分かるぞ、俺だって怖い。
ここは俺が犠牲になるしかない。
「すまない。心音……お前が寝てたから、莉子ちゃんが手持ち無沙汰だと思って」
我ながら苦しい言い訳だ。
しかし、なんとか乗り越えなければ……死人が出る。
「ふーん……部屋じゃなくていいじゃん……それに、なんで莉子ちゃんのスカートのポケットから、にーにの下着がはみ出ているの?」
ちょ、この子、ちゃっかり取ってたのかよ!
「せ、先輩に持って帰れって……無理やり……」
「にーに、本当なの?」
「ぐっ……」
莉子ちゃんは俺を切り捨てる気満々だ。
それに、これを認めてしまえば……俺の尊厳は地に落ちる。
「先輩……」
莉子ちゃんが泣きそうな目で俺を見上げてくる。
くっ……可愛い。
そうだ……俺が犠牲になれば彼女は助かる。
「すまない……莉子ちゃんが魅力的で……つい……」
「莉子……にーにと話があるから……一階で待っててね」
「は、はいっ!」
莉子ちゃんは逃げるようにリビングへ降りて行った。
「にーに……最後に言い残すことはある?」
心音が部屋の扉を閉めた。
「……」
俺は覚悟を決め、目を閉じた。
この部屋での惨劇は誰にも語られることはなかった。




