第三話 先輩の場合
「晴斗……少しいいか?」
青みがかった髪をポニーテールにした女子生徒が放課後、俺を訪ねてきた。
「晴斗くん……また、綾園先輩と出かけるんだ……」
隣で話していた小石川の声が沈む。
「綾園先輩、いつものですね?」
「ああ、小石川もすまない。晴斗を借りるぞ」
俺たちは二人並んで教室から出て行った。
綾園先輩は小石川の中学の頃の先輩で、
仲良くなったのも小石川がきっかけだ。
水泳部の部長で、凛とした立ち振る舞いは女子からの人気も高い。
俺たちには二人だけの秘密があった。
❀
「ちっちゃな頃から悪ガキでぇっ!」
綾園瑠璃先輩のボイスが、カラオケルームに響き渡る。
独特の音程が俺の心を掴んで離さない。
いや、今のは彼女を美化しすぎた。
先輩はものすごい音痴だ。
二人でカラオケに行くようになったのは、半年前からだ。
友達とカラオケに行った時、ドリンクバーのジュースを注いで戻ると……綾園先輩が熱唱していた。その光景は今でも記憶に新しい。
俺は部屋を間違えたのだ。
そこから俺たちの奇妙な関係が始まった。
綾園先輩はどうやらストレスが溜まると、
一人カラオケに行っていたらしい。
本当は友達とカラオケに行きたかったらしいが、選曲が古いうえに、自分でも音痴だと自覚していたため、気を遣って一人で歌っていたそうだ。
そこに現れたのが、秘密を知ってしまった俺……
こうなったのは必然かもしれない。
俺も周りの女性に振られ続けて気落ちしていたから、先輩とのカラオケはいい気分転換になった。
「晴斗、次は何歌う?
二人で二輪草とか歌っちゃう?」
「いや、その曲わかりませんよ」
「晴斗なら歌が上手いから、すぐに歌えるようになるって。私、晴斗の声――大好きなんだ」
二人で手を握りながらデュエットもした……それでも、俺の告白は二回とも撃沈した。
「ねぇ、晴斗のジュース飲んでもいい?」
普段はクールな先輩が、一緒にいる時は甘えてくる。こんなの、反則だろ……
「ああ、構わん」
変なことを意識していたら、声が思うように出なかった。
「ぷっ、なによその喋り方。
高倉健みたい!」
どうも、綾園先輩はお祖父ちゃんの影響で今の嗜好になったらしい。
俺にとっても先輩との交流は新鮮で、何より楽しかった。
❀
二十時になってようやく先輩は満足した。
街灯の少ない夜道――先輩を家まで送り届ける。
「晴斗……卒業してもまた、私と遊んでくれるか……私、晴斗がいないと……ダメなんだ」
これで告白じゃないなんて意味がわからない。
「まだ、一年ありますよ。さすがに気が早すぎじゃないですか?
それに、俺も、綾園先輩といるの楽しいですから。
いつでも連絡して下さい」
「晴斗からは……連絡くれないんだな……」
先輩の声がどこか寂しそうだった。
「彼女でもないのに、そんなに頻繁に連絡しませんよ」
意地悪な返しだと自分でも思う。
「私だって……本当は……」
先輩は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「綾園先輩……」
「晴斗……今日はありがとう」
先輩は軽く手を振り、自宅に入っていった。
❀
女心は難しい。
俺には何が正解なのか分からない。
振られて落ち込んでは、また好きになる。
こんなにも女性と接点があるのに、報われない理由が自分でも分からなかった。
『綾園先輩、今日は楽しかったです。
たまにはカラオケ以外の遊びもしたいですね♪』
初めて自分から、スマホでメッセージを送った。
すぐに既読がついた。
――♪
「うおっ!」
突然の着信にスマホを落としそうになる。
隣で寝ている心音を起こさないように、そっとベランダに出た。
「もしもし……」
「先輩どうしたんですか?」
「晴斗の声、聞きたくなって」
「先輩、俺のことそんなに好きなんですか?」
「いや……その……迷惑か?」
「そんなことありませんよ。
俺はいつでもウェルカムです」
「メッセージ……嬉しかった……」
「いえいえ、たまには俺からも攻めないと。
難攻不落の綾園城は落とせませんから」
「ふふ、なんだそれは。蜘蛛巣城の観すぎだ。
私を殺す気か?」
よくわからないが適当に苦笑する。
「綾園先輩を殺すなんて……たぶん無理ですよ」
「そうだ、私を殺すなら一個師団は引き連れてこい」
「俺にそんな人望はありませんよ」
「そんなことはない。晴斗の周りにはいつも人がいるではないか」
「先輩の方こそ人気者じゃないですか」
「みんなが知っている私は、仮面をつけた私だ……本当の私を知っているのは晴斗だけだ……」
「先輩……俺、先輩のことが……」
「にーに……何を言おうとしているの?」
背後から怨嗟の声が響く。
「ひっ!?」
「晴斗大丈夫か?」
「いや、夢遊病の妹が暴れだして……」
会話の途中で、背後から生温かい手が首に絡みつく。
「うぐっ……先輩、また学校で……」
「あっ、ああ……晴斗……してる」
「えっ……先輩?」
心音の喚く声で最後の言葉が聞き取れなかった。
くそっ、いいところで。
その後は暴れる心音をなだめ、夜は更けていった。




