第二話 義妹の場合
言葉より行動が大事――これは誰もが共感する言葉だろう。
だけど、行動以上に言葉も大事だと俺は思う。
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休日にもかかわらず、兄離れできていない義妹が、俺の脇で寝息を立てていた。
「くちゅん」
ふわふわのパジャマに身を包み幸せそうに寝ていた。頬に残る涙の跡を軽く手で拭った。
昨晩、小石川の弁当を持って帰ったところで、義妹である冬柴心音が発狂した。
赤毛のサイドテールを振り回しながら、俺に噛み付いてきた。
散々泣き喚いたあと、添い寝をしてやることでなんとか落ち着いた。
心音は、母さんの亡くなった親友の子どもらしい。
思春期に入ってから一緒に暮らすようになったので、一つ下とはいえ、俺は心音を妹とは思えなかった。
あんまりにも距離が近いから、俺は既に二十五回彼女に告白して振られている。
俺に女性の影ができたら怒るくせに、よくわからない。
「にーに……大好き……」
寝言でこんなことを言われたら、恋心が芽生えないほうがおかしい。
でも、心音にとっては俺はただの兄なんだろう。
❀
心音を起こさないようにそっとベッドから降りて、
身支度を始める。今日は待ちに待った、夜科先生の新刊が発売される日だ。
先生の描く近代SF小説がたまらなく好きなんだ。
「にーに……どこ行くの……女?」
背後からの殺気に振り向く。
ベッドから起きた心音が八重歯を輝かせている。
「別に、どこだっていいだろ?」
「うぎゃゃぁぁ!」
突然、心音が飛びついてきた。
「おい、ちょっ、噛むなって!」
「私というものがありながら、浮気だぁ!」
「まてって、俺たち兄妹だろ?」
「兄妹だけど兄妹じゃないのっ!」
散々俺を振ったくせに訳がわからん。
「なら、付き合うか?」
「それはちょっと……」
なぜかこの話になるとえらく歯切れが悪くなる。
「ほら、まだ寝てろって。
本を買いに行くだけだから、昼には帰るって」
「なら、私も行くもん!
にーにに変な虫が寄ってきたら噛み砕いてやる」
そう言って心音は喉を唸らせ歯ぎしりをする。
ったく、相変わらず独占欲が強くわがままなやつだ。彼女がいて良かった点と言えば、
我が家に番犬は必要ないってことだ。
心音は、俺の前で衣服を脱ぎ始めた。
「ちょっ、待てって、なんでここで脱いでんだよ」
「ふぅ……良かった……その反応を見る限り、にーにはまだ童貞ね」
「お前なぁ……」
無茶苦茶なやつだ。
でも、そんな義妹でも一途に好意を向けられたら可愛く見えてくる。
世の中、不思議なもんだ。
心音はバタバタと部屋に戻り、
ものの十分で着替えてきた。
「化粧はいいのかよ?」
「うん? 素材がいいから問題ないわよ」
くっ、否定できないのがムカつく。
「ほら、にーに行くよ!」
白のフリルブラウスにデニムのショートパンツ。
やたら似合ってて可愛い。
こんな子が俺の彼女だったらと何度思ったことか……
❀
本屋に着くと、小説コーナーに向かった。
「心音は適当に漫画コーナーでも見てろよ」
正直、本を選ぶときは一人になりたい。
「嫌だっ! にーにが迷子になるもんっ!」
「なるか!」
「にーにが人生という道に迷うの……」
「お前は何を言っているんだ」
小説を選ぶときはタイトルと表紙絵しか見ない。
あらすじを読むとせっかくの新鮮味が台無しになるからだ。
何の話かわからないところが醍醐味だっていうのに、あらすじなんて無粋なものを載せやがる。
誰に向けての愚痴かも分からないことを考えながら、おすすめコーナーの棚を眺めていた。
「ぶー、ぶー、ぶー」
心音がさっきから隣で頬を膨らませている。
というか、鳴いている。
これはいつもの構ってちゃん行動だ。
構うと余計に時間を取られるのでいつもシカトしている。
夜科先生の新刊を手に取ろうとしたところで、隣から透き通った女性の声が響く。
「晴斗くんっ!」
「小石川!」
水色のワンピースに身を包み、彼女が軽く手を振りながらこちらへ歩いてきた。
どうやら昨日のことは気にしていないようだ。
「あれ……その子は?」
小石川が隣に立っていた心音に気づく。
「ああ、妹だよ……」
「そうなんだ……はぁ、よかったぁ……」
小石川は胸をなで下ろした。
「何が良かったんだ?」
「えっ、な、なんでもないよっ!」
何だこいつ……あからさまに挙動不審だな。
「グルルル」
俺の背後に隠れた番犬が、唸り声をあげている。
「ほら、心音、挨拶しろよ」
「心音ちゃんっていうんだ、可愛いね」
「……にちは」
心音は借りてきた猫のように、小さな声で挨拶し、頬を紅潮させている。
「ふふ、こんにちは」
実は、心音は内弁慶なのだ。
俺の前ではわがまま放題なのに、他人の前ではやたらと恥ずかしがる。
そのギャップが可愛いと言えば可愛いんだが……
「晴斗くんも本を買いに来たの?」
「ああ、夜科先生の新作を買いに来たんだ」
「へぇ、晴斗くんって小説読むんだ。
意外だね。実は私も本が好きなんだ。
今度、家で読書会しようよ」
「えっ、小石川の家っ! いいんですか!」
「ちょっと、なんで敬語なのよ」
「いでっ!」
お尻を誰かにつねられた。
――というか心音しかいない。
「うー、うー、うー」
変な唸り声を上げている。
「心音ちゃんも一緒に来る?」
「えっ……いいん……ですか?」
「いや、心音は字が読めないからやめといたほうがいい」
せっかくの小石川とのお家デート……心音に邪魔させるわけにはいかない!
「はっ、読めるしっ!」
心音の突然の大声に小石川が目を見開く。
「あっ……読めますし……」
「おいっ、日本語が既に怪しいぞ」
「ふふっ、いいなぁ。晴斗くんの妹とか幸せだろうな。私も……妹にしてほしいなぁ……なんて」
「うぐっ……」
小石川の強烈なセリフに胸を押さえる。
「晴斗くん……大丈夫?」
「ああ……これくらい大したことない」
「にーにのバカ……」
背後で心音の声が沈む。
「小石川……昨日の弁当ごめんな……ちゃんと家に帰って全部食べたから……週明けに弁当箱は返すよ」
「うん……私の方こそごめん……晴斗くんの喜ぶ顔を想像すると……つい作りすぎちゃうから」
「小石川……」
「晴斗くん……」
互いの視線が交わる。
「んー、んー!」
心音が背後から服の袖を引っ張ってくる。
「小石川、すまん。こいつ人見知りでな。
また、来週」
「あっ、うん。ごめんね、プライベートなのに声かけちゃって」
「別にいいって、小石川と会えて嬉しかったよ」
「もう、晴斗くんったら、口が上手いんだから」
さっきから、背後からの攻撃が凄まじい。
心音がかなり怒っているみたいだ。
「じゃあ、またな」
「うん、またね」
俺は小石川が見えなくなるまで、去りゆく後ろ姿を見つめていた。
「にーに……あいつが、私の敵なのね……」
「なんだよそれ、大袈裟だな」
「にーに、やっぱりああいうタイプの女性が好きなんだ」
「なんだよそれ」
そりゃ小石川は可愛い。
だが、俺の恋は実らなかった。
それでもダラダラ関係を続けているのは俺が優柔不断だからなのかもしれない。
だけど、仲良く接してくれる相手を、冷たく突き放すことなんてできない。
「にーにのバカっ……」
そこから、心音は口を利かなくなった。
❀
枕元の読書灯を頼りに小説を読んでいた。
ふと――ノックもせずに心音が部屋に入ってきた。
「なんだ、怒っていたんじゃないのか?」
「……」
心音は無言で俺の隣に潜り込んできた。
俺の胸に顔を埋め、寝息を立て始めた。
まったく、可愛い妹だよ。
軽く頭を撫でて、読書灯を消した。




