第一話 幼なじみの場合
今年も春が来た――桜並木を踏みしめ、学生共が青春を謳歌してやがる。
周囲の景色が色濃く鮮やかになるほど、俺の心の影はくっきりと浮き出てきた。
そう……皆まで言うな。
俺は恋人がいない……
そんな現実が受け入れられず、
俺は高校二年生になっていた。
「晴斗くん! おはよっ!
今年も一緒のクラスだね!」
春風とともに、黒髪ロングの少女が俺に抱きついてきた。
仄かに香る、甘い花の香水が俺の鼻を撫でる。
「よう、小石川っ!
おはよっ!」
こいつは小石川小百合。
名前に小の字が二つも入っているのに、高身長でスタイル抜群だ。
この幼なじみは毎日、抱きついてくるんだが……
俺は既に、こいつから五回振られている。
❀
昼休みを迎えた。
知った顔もいる中、ある程度グループになってみんな弁当を広げ始めた。
「ねぇねぇ、晴斗くん! 一緒にお昼食べようよ!
今日は晴斗くんの分も作ってきたんだ」
「えっ、俺も母さんの弁当あるから……いいよ」
彼女でもないのに、なんで俺の弁当を作ってくるんだ?
「うっ……そうだよね……私の愛情入り弁当なんていらないよね……」
小石川は顔を伏せ涙声になる。
そんなの断れるわけねぇじゃねえか。
「わかったよ。でも、俺、屋上で弁当を食うのが好きなんだよね。それでもいいなら一緒に行くか?」
「うんっ! 行くっ!」
小石川が俺の腕に抱きついてきた。
端から見たらバカップルそのものなんだが……
それでも俺たちは恋仲ではない。
屋上に出ると、陽光が俺たちを包む。
「風――気持ちいいな」
「晴斗くん、セリフがキザすぎるよ」
春風になびく小石川の黒髪。
髪をかきあげながら笑う彼女が、たまらなく可愛かった。
屋上の木製のベンチに腰を下ろした。
ふと、小石川が肩に掛けていたリュックを俺たちの間におろした。
「お前これ……」
彼女は中から風呂敷に包まれた何かを置いた。
「うんっ、朝、三時に起きて作ったの」
それを解くと、五段の漆塗りの重箱が出てきた。
「三時が朝かはわからんが……気持ちは嬉しいよ」
これ……昼休みで食べきるか?
二人なら……なんとかいけるか?
「小石川は結構、お腹空いてんの?」
「うん、ペコペコだよ」
そう言って彼女は小さいお弁当箱をもう一つ取り出した。
「えっ……それ……小石川も重箱を一緒に食べるじゃないのか?」
「えっ? それは晴斗くんの分だよ!
私はそんなにたくさん食べられないよ」
当たり前のように言う彼女に、血の気が引いた。
「まてまてまて、俺だって食べられないよ……」
「ううっ……そうだよね。私のお弁当なんて……本当は食べたくないよね」
小石川は涙声になり、目元を手で押さえた。
「違うそうじゃなくて……」
肝心な部分が噛み合わない。
ええい、こうしている時間がもったいない。
大好きな女性を泣かせるなんて、男としてあるまじき行為だ。
「南無三――」
「晴斗くん、それお弁当を食べる時の掛け声じゃないよ?」
マジレスはやめてくれ。
俺は小石川のツッコミを無視して、重箱の一段目を開ける。
ぎっしりとおにぎりが詰め込まれていた。
うっ……二段目は唐揚げにエビフライ、ヒレカツにコロッケ……揚げ物ゾーンか。
三段目はブロッコリーにニンジン、ジャガイモなどの茹で野菜。
四段目は……玉子焼き……
五段目は……焼きそば……
「これ……本当に俺一人で食べるんだよな?」
「嫌なの?」
彼女の圧が強すぎる。
「馬鹿野郎、そんなわけねぇだろ。
独り占めしてもいいのかってことさ」
「うん、これから毎日作ってあげるね」
お前は俺をフードファイターにでも育てるつもりかよ。
「毎日……」
この言葉だけで嘔気がこみ上げてくる。
おにぎりを片手に揚げ物を頬張る。
「うまいっ!」
塩気も丁度良く、揚げ物もサクサクだ。
「ホントっ! よかった!」
「これならいくらでも食えそうだ」
そう思ってた時期が、俺にもありました。
三十分後、全体の二割ほどを平らげた段階で、俺の胃袋は悲鳴をあげていた。
「晴斗くん、手が止まっているよ?」
「ああ、そろそろお腹いっぱいで……」
「あっ、さては、私に食べさせてほしいんでしょ?」
「それは……」
食べさせてくれるなんて嬉しいに決まっている。
「はい、あーん!」
「あーん!」
思いっきり口を開けた。
彼女はおにぎりを片手に俺の口に押し当てる。
「ふぐっ……まって、大きい!」
なんか、思ってた『あーん』と違う。
「ほら、遠慮せず食べてよ!」
彼女はなおも俺の口に押し込もうとする。
これは新手の殺人未遂だ。
そんなことを考えていると、体が拒絶反応を示した。
「オロロロ……おえっ……」
大量の吐瀉物が乾いた地面に撒き散らされた。
それが自分から出たものだとは信じられないほどの量だった。
「晴斗くん……不味いなら最初っから言ってくれればいいのに……」
彼女は泣きながら走り去っていった。
俺は残された重箱を風呂敷に包み直した。
母さんの弁当もあるし、夜ご飯にして……小石川に謝ろう。
重い足取りのまま、俺は教室に戻った。




