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第33話 喰えない敵

 それは、魚ではなかった。

 少なくとも、俺が今まで見てきた生物とは明らかに違う。

 黒い。

 細長い。

 身体の輪郭が、海水に溶けるように揺らいでいる。

 目は見えない。

 口も見えない。

 ただ、全身に薄い膜のようなものが張り付いていた。

「……なんだ、あれ」

 俺が呟く。

 オウムガイが慎重に近づく。

「待ってください」

「何か分かったか?」

「分かりません。ただ……」

 オウムガイが触手を止める。

「生物として認識するのが難しいです」

「どういう意味だ?」

「内部構造が一定していません。身体そのものが変化しています」

「……」

 アンコウが光を弱める。

「ならば、我が灯火で――」

「待て」

 俺が止めた。

 何か嫌な予感がする。

 敵は動かない。

 ただこちらを見ている。

 いや。

 正確には、アンコウの光を見ている。

「俺が行く」

 俺は敵へ近づいた。

「グルル!」

 カジキが止めるように鳴く。

「大丈夫だ」

 俺はゆっくり距離を詰める。

 そして。

 捕食能力を発動する。

 ――喰う。

 いつもの感覚。

 相手の情報が流れ込んでくる。

 ……はずだった。

「……!」

 何もない。

 いや。

 違う。

 何かがある。

 だが、触れた瞬間に消えていく。

「なんだ……これ?」

 俺はもう一度、捕食を試す。

 その瞬間。

 身体に激痛が走った。

「ぐっ……!」

 俺は慌てて距離を取った。

「大丈夫ですか!?」

 オウムガイが近づく。

「ああ……」

 だが、身体が重い。

 まるで力を抜き取られたような感覚だった。

「捕食が……通じない」

「通じない?」

「ああ」

 俺は敵を見る。

 今までの敵なら、多少の危険があっても、捕食すれば何らかの情報を得られた。

 能力。

 身体。

 弱点。

 何かしらのものが。

 だが、こいつにはそれがない。

 まるで。

 食べる対象として存在していないかのようだった。

「ならば、我が――!」

 アンコウが前へ出る。

「光よ!」

 提灯が強く輝いた。

 敵が動く。

 速い。

 光を避けるように身体をねじる。

「なっ……!」

 アンコウが驚く。

「光が効いていません!」

 オウムガイが叫ぶ。

「いや」

 俺は敵を見る。

「効いてないんじゃない」

 敵の身体の一部だけが、光に触れた瞬間消えている。

「光を避けてるんだ」

 つまり。

 こいつはアンコウの光を嫌がっている。

 だが、近づこうともしない。

 遠くからこちらを観察している。

「グルル!」

 カジキが一気に突っ込んだ。

「待て!」

 間に合わない。

 カジキの身体が敵に触れた瞬間――

 敵の身体がぐにゃりと変形した。

 カジキの突進が、すり抜ける。

「グルル!?」

 カジキが体勢を崩す。

「カジキ!」

 俺が追いかける。

 敵は攻撃してこない。

 ただ、逃げる。

 いや。

 誘っている。

 そんな感じがした。

「追うな!」

 俺が叫ぶ。

 カジキが止まる。

 敵はそれ以上近づいてこない。

「……妙だ」

 オウムガイが呟く。

「攻撃してこない」

「俺たちを襲う気がないのか?」

「逆です」

「え?」

「こちらの能力を調べているのかもしれません」

 俺は敵を見る。

 アンコウの光。

 カジキの速度。

 オウムガイの観察。

 そして、俺の捕食。

 こいつは。

 俺たちを試している?

 その瞬間、敵の身体が大きく揺れた。

 周囲の海水が歪む。

「来る!」

 俺が叫ぶ。

 敵がこちらへ向かってきた。

 だが、攻撃ではなかった。

 俺たちの間をすり抜ける。

 その瞬間。

 アンコウの光が消えた。

「なっ!?」

 真っ暗になる。

 俺は何も見えない。

「アンコウ!」

「ここだ!」

 声が聞こえる。

 だが、位置が分からない。

「カジキ!」

「グルル!」

「オウムガイ!」

「こちらです!」

 声だけが響く。

 敵は俺たちの視界を奪った。

 そして――

 そのまま闇へ消えていった。

「……逃げた?」

 俺は呟く。

「違います」

 オウムガイの声が返ってくる。

「逃げたのではありません」

「じゃあ何をした?」

「我々の弱点を確認したのでしょう」

 俺は黙った。

 アンコウも何も言わない。

 やがて。

 小さな光が灯った。

 ぽう……。

 アンコウの光だ。

「……我の光が消えれば」

 アンコウが呟く。

「皆、何も見えなくなる」

 その声には、悔しさが滲んでいた。

 俺は何も言えなかった。

 今回の敵は、俺には喰えない。

 カジキの速度も通じない。

 オウムガイの分析だけでは足りない。

 そしてアンコウの光は――

 俺たちの命綱であると同時に。

 弱点にもなっていた。

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