第34話 我が光は、弱い
俺たちは敵が消えた場所から離れた。
しばらく誰も喋らなかった。
海底の暗闇だけが、静かに俺たちを包んでいる。
アンコウの光が、俺たちの周囲を照らしていた。
けれど。
その光はいつもより弱かった。
「……アンコウ」
「何だ」
「大丈夫か?」
「大丈夫だ」
即答だった。
だが。
明らかに大丈夫ではない。
提灯の光が揺れている。
「敵は我の光を嫌がっていた」
「ああ」
「ならば、我の力は通じていた」
「そうだな」
「なのに……」
アンコウが黙る。
「我の光が消えた瞬間、皆を見失わせた」
「……」
「我は、仲間を導くための光を使っているつもりだった」
アンコウは自分の提灯を見る。
「だが、我の光がなくなれば……我らは何も見えぬ」
「それは仕方ない」
「仕方ない?」
「誰だって弱点はある」
「お前にもか?」
「あるに決まってる」
俺は苦笑した。
「俺だって捕食できない敵がいるなんて、今日初めて知った」
「……」
「だから、お前だけじゃない」
アンコウは黙っている。
しばらくして。
「我は……怖い」
小さな声だった。
アンコウがそんなことを言うのは初めてだった。
「また、我のせいで皆を危険に晒すのではないか」
「……」
「我が光を強くすれば敵が来る。弱くすれば仲間が見えない。消せば皆を迷わせる」
アンコウの光がさらに小さくなる。
「だったら……」
その声が震えた。
「我は、何のためにいる?」
「アンコウ」
「我は強くなりたい」
アンコウは俺を見た。
いつものふざけた表情ではない。
「敵を倒したいからではない」
「……」
「格好良くなりたいからでもない」
「……」
「我だけ置いていかれるのが嫌だからでもない」
アンコウは一度目を閉じた。
「仲間を守りたい」
その言葉は、静かだった。
「お前たちが闇の中で迷った時、我が灯火を見つけてほしい」
「……」
「敵に囲まれた時、我が光が道を示してほしい」
「……」
「だから……」
アンコウは自分の提灯を見る。
「もっと強くなりたい」
俺はアンコウの前まで泳いだ。
「じゃあ、強くなればいい」
「……簡単に言うな」
「簡単じゃない」
俺は答えた。
「だから、俺たちも一緒に考える」
カジキが近づいてくる。
「グルル」
アンコウがカジキを見る。
「……貴様もか?」
「グルル!」
カジキは力強く鳴いた。
オウムガイも続く。
「私も協力します」
「……」
アンコウは三人を見回した。
そして。
「……フッ」
いつもの笑い方を浮かべた。
「ならば、我も答えねばなるまい」
「何に?」
「この灯火が、何のためにあるのかという問いにだ」
アンコウは周囲を見る。
暗い。
何も見えない。
でも。
小さな光がある。
それだけで、俺たちは互いの場所を確認できる。
「我は光を強くする」
アンコウが言う。
「だが、ただ明るくするのではない」
「……」
「敵に見せるためでもない」
提灯が淡く揺れる。
「仲間にだけ届く光にする」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の中で、何かが引っかかった。
仲間にだけ届く光。
そんなものが本当に可能なのか。
もし可能なら。
今までとは全く違う力になる。
「……やってみるか」
「当然だ!」
アンコウが胸を張った。
「我は、この闇を恐れぬ!」
「その割にはさっき怖いって言ってたけどな」
「今は怖くない!」
「本当か?」
「……少しだけ怖い」
「正直だな」
「うるさい!」
俺たちは笑った。
だが、その直後。
アンコウの提灯から、一瞬だけ。
黒い光が漏れた。
「……?」
俺は目を細める。
「今の、見たか?」
「何をです?」
オウムガイが尋ねる。
「いや……」
もう一度見る。
いつもの淡い光。
何も変わっていない。
「気のせいか」
そう思った。
けれど。
アンコウ自身は気づいていた。
自分の提灯の奥。
そこに一瞬だけ生まれた、見慣れない色。
光なのに。
闇のような色。
アンコウは誰にも言わず、それを見つめた。
「……我の灯火に」
小さく呟く。
「何かが、いる……?」
その瞬間。
遠くの暗闇から。
あの敵の気配がした。
今度は、先ほどより近い。
そして。
闇の中で、何かがゆっくりと広がっていく。
まるで海そのものが、黒く染まっていくように。
アンコウの提灯が震えた。
そして、その奥で。
再び――
一瞬だけ、黒い光が灯った。
面白かったでしょうか?次回も読んでください!




