第12.5話 群れとの別れ、そして新たな言葉
ついに2期の始まりです!まずは、番外編?のような11.5話です!
海の底を、ゆっくりと泳いでいた。
俺の後ろには、いつものように小魚たちがいる。
数は、以前よりずっと増えていた。
最初はほんの数匹だった。
俺の食べ残しを狙って近づいてきた奴。
危険が迫ったときに、一緒に逃げてくれた奴。
気がつけば、そんな小さな魚たちが少しずつ集まり、いつの間にか一つの群れになっていた。
俺にとっては、初めてできた仲間だった。
「……」
俺は後ろを見る。
魚たちは今日も俺についてきている。
だが、俺は少し前から気づいていた。
このままではいけない。
俺たちは、これからもっと深い場所へ行く。
今までとは比べ物にならないほど危険な場所へ。
俺自身も、まだ自分がどこまで強くなれるのか分からない。
そんな場所へ、この小魚たちを連れて行くわけにはいかなかった。
俺は泳ぐ速度を落とした。
すると、後ろの魚たちも速度を落とす。
「……なあ」
俺は振り返った。
「ここで、お別れにしよう」
当然。
魚たちは何も答えない。
俺には、魚たちの言葉が分からないからだ。
いつものように、群れがざわざわと動く。
「……」
俺はその光景を見る。
なんとなく。
何を言っているのか分かる気がした。
――どうして?
そんなふうに聞かれているような気がした。
「俺は、もっと深いところへ行く」
俺は続ける。
「お前たちが来たら、危険だ」
魚たちは離れない。
「俺についてきても、たぶん……」
言葉が詰まる。
「死ぬかもしれない」
それでも。
魚たちは離れなかった。
むしろ、俺の周囲へ集まってくる。
「……馬鹿だな」
俺は笑う。
「お前たち、弱いんだから」
小さな魚が一匹、俺の身体に近づいた。
そして、そっと身体を擦りつける。
「……」
胸の奥が、少しだけ痛くなった。
人間だった頃。
俺には、こんなふうに自分を慕ってくれる存在なんていなかった。
この世界に来て。
小魚として生まれて。
ただ生き残ることだけを考えて。
それでも。
気がつけば、仲間ができていた。
「……ありがとう」
俺は呟いた。
「一緒にいてくれて」
魚たちは動かない。
「俺は先に行く」
一匹。
また一匹。
魚たちが俺から離れていく。
それでも何度も振り返る。
俺も振り返る。
そして。
最後の一匹が遠ざかっていった。
「……」
海が静かになった。
さっきまで周囲にいた小魚たちの気配が消える。
俺は一人になった。
「……寂しいな」
初めて。
そう思った。
しばらく、その場から動けなかった。
だが。
突然。
頭の中に、奇妙な音が響いた。
『……サヨナラ』
「……え?」
俺は振り返った。
誰もいない。
『……アリガトウ』
「今の……何だ?」
もう一度。
『……ガンバッテ』
聞こえる。
魚たちの声。
いや。
声というより――。
頭の中に、直接意味が流れ込んでくる。
「……お前たち?」
遠くを見る。
もう姿は見えない。
それなのに。
『マタ、アオウ』
確かに聞こえた。
「……!」
その瞬間。
頭の中に、今まで感じたことのない感覚が広がった。
無数の音。
水の振動。
尾びれが水を叩く音。
微かな鳴き声。
それらが一つ一つ、意味を持って聞こえてくる。
俺は目を見開いた。
「……これ」
理解できる。
今までただの「魚の鳴き声」だと思っていたものが。
今は言葉として聞こえる。
遠くから、一匹の魚が鳴いた。
『コワイ』
「……怖い?」
俺が返事をすると、魚が驚いたように動きを止めた。
『……キコエル?』
「ああ」
俺は自分でも驚きながら答える。
「聞こえる」
『スゴイ』
『ニンゲン?』
「……」
その言葉に、俺は固まった。
魚は続ける。
『フツウノ、サカナジャナイ』
「……」
そうだ。
俺は普通の魚じゃない。
人間だった。
この世界に来る前は。
そして今も。
自分の中には、人間としての記憶が残っている。
「……そうか」
俺は自分の身体を見る。
今まで何度も考えていた。
なぜ俺だけが、こんなにも異常な進化をするのか。
なぜ自分だけが、この世界で何かを変えようとしているのか。
その答えは、まだ分からない。
でも。
今、初めて。
この世界の生物と、本当の意味で会話できるようになった。
『オマエ、ナマエ、ナニ?』
魚が聞いてくる。
「名前?」
少し考える。
「……阿部」
『アベ』
『アベ』
魚たちがその名を繰り返す。
なんだか変な感じがした。
人間だった頃、自分の名前を呼ばれることなんて当たり前だった。
でも今は。
魚の声で呼ばれるだけで、不思議と嬉しかった。
『アベ、ドコイク?』
「……もっと深いところへ」
『コワイ』
「そうだな」
俺は笑った。
「俺も怖いよ」
『カエッテクル?』
俺は少しだけ黙った。
「……分からない」
嘘はつけなかった。
「でも」
俺は暗闇を見る。
「いつか、また戻ってくる」
『ヤクソク?』
「ああ」
『ヤクソク』
魚たちの声が、遠ざかっていく。
俺は一人で深海を見つめる。
さっきまで寂しかった。
けれど。
今は違う。
遠くにいても、俺たちは言葉を交わせる。
俺は初めて手に入れた。
ただ敵を倒すための力ではない。
ただ進化するための力でもない。
誰かと繋がるための力。
「……魚語、か」
頭の中に、まるでシステムのような感覚が浮かぶ。
――《固有能力:魚語》を獲得しました。
「……」
思わず笑った。
「今さらかよ」
今まで散々一緒にいたのに。
もっと早く手に入れてくれればよかったのに。
俺は最後に、小魚たちが去っていった方向を見る。
「じゃあな」
そして。
俺は一匹で、さらに深い海へ泳ぎ始めた。
その先に何が待っているのか。
俺はまだ知らない。




