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第5話:正直わかりません。だから、行ってみようと思いますの




 魔石灯の灯が、ゆらゆらとエレナの部屋を照らしている。

 五年ぶりの私室は、いつ帰宅してもいいように、整理整頓されており管理が行き届いていた。


 エレナは、資料を広げながらベッドへ横たわった。

 ここ数日の出来事が走馬灯のように駆け巡ってくる。


【王宮爆破重要参考人:エレナ・ヴァン・アドルシュタイン。婚約破棄から、自暴自棄となり王宮を爆破した可能性】


(冷静に考えると、おもしろいですわね)


 婚約破棄からの退職金一括請求で、すべてを清算しアドルシュタイン家へ帰ろうとエレナは思っていた。しかし、その企みは見事にゼーマン伯爵に潰された。


 ゼーマン伯爵が一介の侯爵令嬢に、ここまで執着を見せるとは想定していなかった。伯爵が、カイル殿下を利用していることは把握していた。しかし、エレナは日々の業務に忙しく相手にしていなかった。


(私から何かを仕掛けたことはなかったのに。見事にやられましたわ)


 思い出すと胸の内から熱い何かが込み上げてくる。


 エレナは、集中しようとごろごろと寝転がりながら、資料を眺めた。そして、明らかに採算が合わない箇所を次から次へとペンで確認していく。数十分も経たないうちに、資料は真っ赤になった。


「ひどいものですわ。こんなものを三年も運用していたなんて……どんな報告書を書けば、上に通用するのかしら。まあ、スラム街の報告書を真面目に見るものなんて、確かにいなかったかもしれませんわ」


 資料を精査していくうちに、妙な違和感に気が付く。


 国の公金に混ざるようにして、カイル殿下の私費が投じられている形跡がある。この二重構造こそが、監査の目をくらませていた原因。


(カイル殿下のいつもの道楽。そう考えれば、いちいち確認したりしませんわね)


 エレナは、ゼーマン伯爵を『ただの寄生虫』と侮っていた。しかし、この仕組みはゼーマン伯爵がうまく利益を得られるよう、よく考えられている。


 カイル殿下は常々『スラム街を再建したい』と言っていた。そこを上手くゼーマン伯爵に利用されていた。そのうえ、リリア嬢まであてがわれて……今は内情を考えるのは止めましょう。冷静に数字と向き合うべきですわ、エレナは思考を切り替えベッドに大の字になって停止した。


 ――明日は、ヴィクトリアお姉さまへの報告会が待っている。


 準備は入念に行わなければ、そう考えながら、エレナは資料をまとめ眠りについた。




******



 翌朝、北方の夜明けは遅い。

 辺りはまだ薄暗く、北の寒さが身に染みる。


 エレナはヴィクトリアの執務室を訪ねていた。――コンコンと、重厚な扉をノックし「入りなさい」という言葉と共に室内へ入った。


 ヴィクトリアは、メイドが給仕をした後、下がるように命令した。


 執務室には、ヴィクトリアとエレナの二人だけになった。

 二人は机を囲んで、ソファへ向かい合って座った。


 エレナは、紅茶にまず口をつけた。芳醇な茶葉の香りが広がり、懐かしさがこみ上げてくる。これは、彼女がアドルシュタイン家で良く飲んでいた北方でしか流通していない茶葉だった。


「ヴィクトリアお姉さま。わざわざ用意してくださったのですね」

「ええ、物事を円滑に進めるには環境も大切ですから。では、さっそく本題に入りましょうか」


 さっそくエレナは、昨日渡された資料をヴィクトリアに返した。


「ヴィクトリアお姉さま。結論から申し上げます。この資料は、治水計画ではありません」

「……続けなさい」


「これは、物流利権を維持するための収支計画です。スラム街の治水事業自体は、赤字になるほどの計画ではありません。国家予算で賄える計画が立てられています。しかし、赤字なのは、意図的に利益が出ない構造へ変更されているからですわ」


 エレナは、資料のページを見ながらヴィクトリアに説明した。排水路工事から輸送会社まで、全て別の業者が管理している。その代表者の名を見ていて、エレナは気が付いた。代表者は、全員ゼーマン伯爵と繋がりのある貴族だった。


「工事をすればするほど、住民ではなくゼーマン伯爵へ利益が流れる構造です」


「そのことには、何となく察しはついていました」

 ヴィクトリアは、相槌を打った。


「現在のスラム街が、雨期の時期に冠水するのは、ヴィクトリアお姉さまもご存じのはずです」

「ええ、スラム街――そして、王都は、あなたが王都で治水事業を行うまで、脆弱でしたね」


 エレナはカップを持ち上げ、一口含んで喉を潤した。


「スラム街は、わざと冠水するように作られています。洪水は災害ではなく、ゼーマン伯爵による事業です。スラム街が冠水する度に、恐らくカイル殿下が『スラム街をどうにかしたい』と訴えかけ、その都度、適当な修理が行われているはずです」


 エレナは、ヴィクトリアを見つめた。ヴィクトリアの表情は険しい。


「この資料で読み取ると、治水が成功して一番損をするのはゼーマン伯爵のようです。つまり、洪水を終わらせないこと、それ自体が、この事業の目的です」


「エレナ、あなた相変わらず数字は読めていますね。では、人間は読めていますか?」


「……ヴィクトリアお姉さま。人が読めていたら。私は、今回負けなかったと思いますわ。まだ、正直わかりません。だから、行ってみようと思いますの」


 エレナは、ヴィクトリアを見据えて、はっきりと告げた。


「ゼーマン伯爵には、きっちりアドルシュタイン家の利率で清算させていただきます。今度は、抜かりなく向かいますわ」


 ヴィクトリアは、エレナが調子を取り戻してきたことに少し微笑んだ。


「ええ、いってきなさい。現場を見ずに結論づけるのは最も危険なことです。あなたには、帰る場所があります。安心して、立ち向かってきなさい」



 ――そうして、エレナはスラム街へ旅立つこととなった。



つづく





ゼーマン伯爵にしてやられ、スラム街に旅立つことになったエレナ一行。

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※章完結までは、毎日1話は更新予定です。

※時間帯は悩んでおりまして、今回はランダムで更新行っております。

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