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【第一章完結】最強のノンデリ令嬢エレナの物語 ~5年間の労働(婚約)のあと、婚約破棄されたら、なぜか王宮爆破犯として指名手配されましたので、きっちり損失を回収いたしますわ~  作者: ななめ尚央
第一章 強欲編 番外編【第一章の本編ネタバレあり】

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【第一章 番外編】元第三王子付き補佐官の胃痛転職物語~上司が決裁してくれたので、定時退勤後に肉を食べに行きました~




「カイル殿下、こちらが本日の決裁書類となります」

 カイル殿下直属の補佐官は、いつものようにカイル殿下の正面に立ち机の上に書類を置いた。


「あとでやるから、そこに――」

 そう答えるカイル殿下の言葉を遮って、エレナは補佐官に向かって伝えた。


「私は終わってますから、確認いたしますわ。お貸しください」

「エレナ……また余計なことを」

「カイル殿下に任せていたら、書類が溜まる一方ですわ」

「承知いたしました。エレナ様、よろしくお願いいたします」


(……エレナ様! ありがとうございます)


 補佐官は心の中で深々と頭を下げながら、エレナ様にカイル殿下が処理するはずの決裁書類を渡した。第三王子カイル殿下と、エレナ・ヴァン・アドルシュタイン様は婚約者同士だ。


 二人が婚約し、エレナ様が王宮に来られてから、ややエレナ様に負担が偏る形ではあったが、共に公務を行っていた。言いたいことを言い合う姿は、若さゆえか微笑ましくもあった。


 何より、エレナ様は厳しかったが、仕事がとにかく早かった。


 多忙な公務をこなしつつ、王子妃教育を受け、さらに大学院修了相当の学位まで取得してしまうのだ。――時々、本当に人間なのだろうかと疑いたくなる。だが、公務に関して真摯な彼女の姿をカイル殿下の補佐官の二人は、心から尊敬していた。


 このまま永遠に定時退社の日々が続くかと思っていた。

 だが、状況は一変する。


 補佐官二人はカイル殿下の執務机の前に立ち、動揺した表情を隠し切れずに尋ねた。


「……カイル殿下、今なんとおっしゃいましたか」

「今日からは、私一人だ」

「おひとり?エレナ様は」


 補佐官の一人は状況が飲み込めないまま尋ねた。

 ただの官僚に、昨日の夜会での騒ぎが速報で通達される訳ではない。 


「いいか、落ち着いて聞けよ」

 カイル殿下は神妙な面持ちで補佐官に声をかけた。


(落ち着いて聞いていられるわけがない――エレナ様が来ないということは)


 補佐官二人は、エレナが来る一年ほど前からカイル殿下の補佐官に任命されていた。エレナが来る前のカイル殿下の状況が、頭をかすめた。


「カイル殿下。本日の決裁は昨日より五件増えております」

「あとで」

「承知いたしました」


(――そう、エレナ様が来られるまでの一年間、私たちはこの「あとで」を信じ続けた)


 補佐官たちが過去に深夜まで及ぶ残業を行った日々に思いを馳せていると、カイル殿下の口から信じられない言葉が発され、二人は一気に現実に引き戻された。


「婚約破棄した。エレナは王宮爆破犯として、指名手配中だ。もう、ここへ戻ってくることはない」

「……」


 普段、膨大な情報を扱っている補佐官たちも、あまりにも濃すぎる情報に、思考が停止した。


「今なんと」

「なんとおっしゃいましたか?」

「一回で理解しろ。エレナは王宮爆破犯として、指名手配中だ。もう、ここへ戻ってくることはない」


 カイル殿下から全く同じ情報が繰り返された。


(婚約破棄?誰から?)


「失礼ですが、エレナ様から婚約破棄をされたのでしょうか」

「?俺だ」


(……なぜ?)


「……指名手配犯とは?」

「自暴自棄になったとゼーマン伯爵から通達が来た」


(……自暴自棄?最もエレナ様に似合わない四字熟語だ)


「なぜ、婚約破棄など……しかもカイル殿下から」


 補佐官の一人は、混乱のため思わず不敬ともとれる一言を呟いた。カイル殿下は気に留める様子もなく、淡々と続けた。


「リリアと婚約するからだ」

「……リリア嬢と」

「……」


 補佐官たちの胸の内に嫌な予感がよぎった。

 さようなら、定時退社の日々――補佐官二人は、その日から平穏に別れを告げたのであった。



 後日、さっそく補佐官二人の嫌な予感は経験則からくる正しいものであったことが証明された。ことあるごとに、カイル殿下の元へ訪れるリリア様、そのたびに補佐官二人は空気として扱われ、二人の世界が広がっていた。


「カイル殿下、お疲れではありませんか?」

「リリア、君の顔を見たら疲れも吹き飛んだよ」

「カイル殿下、決裁の書類がまだ……」

「あとで」


(……私の疲れは蓄積される一方ですが)

 補佐官は薬師に煎じてもらった胃薬を丸のみした。もう一人の補佐官は、その様子を見て「うん」と遠い目をして、一回だけ頷いた。


 この地獄のような日々が続くかと思われたが、ある日突然、補佐官二人の元へ吉報が訪れる。補佐官二人は王宮人事部へ呼び出された。


「えっ?今何とおっしゃいましたか?」

「何と」


 王宮人事部の突然の言葉に衝撃が走り、言語を処理できなかった補佐官二人は同じ質問を繰り返した。人事部の職員は二人に小声で話すように告げた。


「静かに――だから、カイル殿下が失脚されたのだ」


 補佐官たちは、机越しに呆然としたまま、王宮人事部の話を聞いていた。


「よって、おまえたちの第三王子付き補佐官の任を解く」

「……」


 補佐官二人は、心の中で歓喜の拳を握った。カイル殿下には申し訳ない気持ちもあるが、すでに心が疲弊していた二人は素直に上司の失脚を喜んだ。


(……これで『あとで』から解放される。さらば、残業の日々)


「長年仕えた主君の失脚だ。思うところも、あるだろう。ご苦労だったな」

「……はい」


 安堵と長年耐えた思いがいっぺんに溢れ、補佐官二人は涙ぐんだ。


「主君に、そこまでの忠誠心をもって業務にあたるとは、立派に職務を真っ当したんだな」

 王宮人事部の職員は二人の献身的な姿に、つられて涙ぐんだ。


「きみたちの忠誠心なら、どこに出しても恥ずかしくないな。次の配属について、何か希望はあるか?」


(……配属先の希望)


 補佐官二人は、少しだけ考えた。多少厳しくても、少し給料が下がってもいい――とにかく、定時退社と法定休日を求む。今すぐ大声を出したい気分であったが、冷静に声を低く話した。


「――可能であれば決裁をする上司の下で働きたいです」

「右に同じく」

「……」


「勤務地の希望はないのか?」

「そんな贅沢は言いません」

「右に同じく」


 かくして補佐官二人は、定時退社を願い新たな職場へと旅立つこととなった。




******



「今なんと?」

「もう一度おっしゃっていただいても?」

「?決裁書類は終わりました。そちらに積んでありますから、あとの処理はお願いします」


 北の大地へ到着してから、初日。挨拶も早々に、さっそく書類整理の業務に取りかかり、新しい上司に進捗を確認しに来た補佐官二人は驚きを隠せなかった。


 時刻は定時退社二時間前……すでに山積みにされていた決裁書類は完成している。あと、二時間二人でさばいてしまえば、余裕で定時退社が見える時間だ。


 新しい上司は基本、仕事を一人で行いたい人間のようで、補佐官たちの仕事部屋は別に用意されていた。前の上司……カイル殿下と比べると異常な仕事の速さに補佐官二人は恐れおののいた。


「まだ退社の二時間前ですが、全て完成されています……最終処理に取りかかってよろしいのですか?」

「何を疑問に思っているのか、理解に苦しみますが。最終処理を行ってください。退社二時間前を疑問に思っているのは、時間が余るということでしょうか?」

「いえ、あの書類の量は残業を覚悟していたので、驚いております」

「右に同じく」


「?時間いっぱいは、働いてください。業務時間に関しては就業規則に書いてありますので、進捗状況と退勤時間を最後にまとめておいてください」

「はい」

「無駄な残業に払う給金はありませんから、仕事が終了したら帰宅してください。残業代は、就業規則に基づき支払われますから、申請を忘れぬように」

「承知いたしました」


 補佐官二人は深々と頭を下げて、大量の決裁書類を抱え、新しい上司の執務室を退室した。そして、補佐官二人は新しい上司に渡された資料を自身の机の上に重ねた。


「よしやるか」

「おう」


 黙々と決裁書類を確認し、必要な部署へ配送するための手続きを処理していく。最後に進捗状況を記載する。定時退社十五分前、二人は大声で叫んだ。


「終わったー!」

「右に同じく」


 新しく来た北の大地のことはよくわからない。

 新しい上司は、カイル殿下以上に高貴な雰囲気があり、近寄りがたい。


 だが、定時退社。就業規則。休日あり。

 何より、決裁されていない書類を無駄に待つ必要がない。

 そして、今日一日胃が痛くなることはなかった。


 補佐官二人は、明日確認すべき書類を整理・確認し、退社時間を記載し職場を後にした。


「なあ、今日、夕食でも食べに行くか」

「いいな。そうしよう。メイドさんに美味しいご飯屋を休憩中に教えてもらったんだ」

「おまえ……普段『右に同じく』しか言わないくせに。休憩中に女性に話しかけるとは、けしからん!」

「それは、おまえが先に話しているからだ」


「……今日は胃の調子がいい!肉でも何でも食べれそうだ」



******



「ヴィクトリア、新しい補佐官二人はどうだったんだ?」

 アドルシュタイン家の夕食の席で、夫カシアンは尋ねた。


「さすがカイル殿下付きであっただけあって、補佐の仕事は早いですね。スラム街の管理も増えたので、優秀な人材が北方に来てくれるのは、助かります」

「北は人員不足だしな……」

「ええ、優秀な人材の確保は最大の課題ですね」

「補佐官二人も来たんだから、少しは休憩しろ」

「それとこれは別の話です」

 ヴィクトリアは、淡々と話しながら紅茶に口をつけ、カップをソーサーに静かに置いた。


「ヴィクトリアお姉さま、あの二人は仕事が早いですから、遊ばせてたら勿体ないですわよ。多少無理難題を言ってあげた方が、喜びますわ」

 エレナはそう言うと、少しだけ目を伏せ、わずかに口角をあげた。


「そうなのですか」

「ええ、定時退社できるくらいの無理難題が一番、本領を発揮できますの。ただ、退社時間を越えると業務処理能力が落ちますから、ご注意ください」

「なるほど。参考になります」


**


「くしゅん」

 夕食をメイドおすすめの定食屋で食べていた補佐官二人は、くしゃみをした。


「なんだか今、エレナ様の声が聞こえたような……」

「右に同じく」

「しかし、アドルシュタイン家の女性は、皆あのように厳しく仕事が早いのか」

「ヴィクトリア様も、エレナ様も似ているようで仕事のやり方は違うな」


 補佐官二人は、明日の仕事に支障が出ない程度に、食後にお酒を一杯だけ追加注文した。


「ああ、エレナ様は人に仕事を託す部分も多かったからな」

「まあ、エレナ様の確認後に書類を返された時が地獄だったが……赤ペンが……」

「うん」

「ヴィクトリア様は、どうなんだろうな」

「まだ、わからないが。とりあえず、信頼を得るためにも全力でやろう」

「右に同じく」


 二人は、届いたお酒のグラスを元気よく合わせ、明日からの仕事に目を輝かせていた。



おわり



読んでくださり、ありがとうございました。


次回は【第一章 番外編】「アルドの日常」を、2026年10月11日7時40分に予約投稿しております。


第二章は現在執筆中です。

第二章完結後、投稿を開始いたしますので、今しばらくお待ちいただけますと幸いです。


引き続き、よろしくお願いいたします。

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