【第一章 番外編】迎えに行くか?~エレナ帰宅前夜(ヴィクトリアとカシアン視点)~
「ヴィクトリア様、至急ご確認ください」
アドルシュタイン家の長女――いや、女帝。
ヴィクトリア・ヴァン・アドルシュタインが、山積みになった決裁書類を一つずつ整理している最中、不穏な一通の手紙が届いた。
「どうしました?落ち着いてください」
慌てて飛び込んできたメイドに、ヴィクトリアは冷静に声をかけた。
「申し訳ありません。ヴィクトリア様。しかし、王宮から早馬で送られてきた、エレナ様に関する手紙のようです」
「エレナの?」
「はい」
ヴィクトリアは手紙を受け取り、メイドに下がるように告げた。
王家の封蝋が施された手紙は、ただの手紙ではない。王家の早馬を使って送られてきた手紙の主は、陛下からであった。
ヴィクトリアは、ペーパーナイフで慎重に手紙を開けた。
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「カシアン、こちらをご確認ください」
ヴィクトリアは北部騎士団の仕事が終わり、帰宅した夫のカシアンに声をかけた。カシアンは差し出された手紙に王家の封蝋がされていることに気がつき、怪訝そうな顔を見せる。
「なんだ?また、戦でも始まるのか」
「そうですね。王家とアドルシュタイン家との全面戦争となるかもしれません」
ヴィクトリアは声を低くして、真剣な面持ちで答えた。
――ただごとではないな、そう思いながら私室のソファへ腰かけ、カシアンは手紙の封を開けた。
カシアンが手紙に目を通すと、ヴィクトリアの妹エレナが【婚約破棄をされ自暴自棄となり、王宮を爆破した。それに伴い指名手配犯となった】ことが簡潔に報告されていた。それについて、陛下からの私的な内容の文言はなく、ただ報告として文字が羅列されている。
ヴィクトリアは、カシアンが手紙を読んだのを確認するとソファの隣へ腰をおろした。
「どう思いますか。非常にくだらない内容だと思いませんか」
ヴィクトリアは、紫水晶の瞳をカシアンに向けた。
そして、カシアンは、ふっと少し笑った。
「エレナを信じてるんだな」
カシアンの言葉にヴィクトリアは、少しだけ考え込んだ。
「いえ、エレナならもっと上手くやります」
「?」
「指名手配犯になるなど、そんな愚かなことはしないでしょう。エレナなら、もっと効率的にやるはずです。たとえ爆破したとしても、こんな不完全な仕事など、ありえないはずです」
真剣に物騒なことを話し続けるヴィクトリアに、カシアンは一瞬だけ無言になった。
「そうか。なるほど、確かにエレナらしくないな」
カシアンは五年前に王宮に行った最後のエレナの姿を思い出した。幼い顔に毒舌の義妹、彼女はヴィクトリアとは違った意味の合理主義者だった。そんなエレナが王宮爆破など、面倒なことをするとは確かに筋が通らない。
カシアンは無言となったヴィクトリアの横顔を少しだけ見つめた。その表情は、いつもより少しだけ固い。
「何か気がかりなことがあるのか?」
「……いえ、ただ五年たちました。エレナは一度も根をあげることなく、五年間、一人で戦ってきました」
「心配か?」
「ええ、心配していないと言えば嘘になります」
カシアンは紫水晶の指輪をしたヴィクトリアの手にそっと触れた。
「迎えに行くか?」
カシアンのその言葉に一瞬だけヴィクトリアは迷った。カシアンは、そのヴィクトリアの表情を見逃さなかった。
もし、ここで王宮から指名手配されたエレナを迎えに行けば、アドルシュタイン家は反逆者となるかもしれない。だが、カシアンには迷いはなかった。
「……いえ」
カシアンはヴィクトリアの横顔を静かに見つめた。
昔の彼女であれば、誰にも相談することなく、無言で耐えていたはずだ。助けに行くとも、心配しているとも言わず、自分一人で全てを背負っていたはずだ。だが、今は違う。カシアンは、自分の隣で不器用に感情を見せるヴィクトリアを見て、少し笑った。
そんなカシアンに気がつき、ヴィクトリアは尋ねた。
「何ですか」
「いや……」
カシアンは、それ以上は何も伝えず、ヴィクトリアの左手に自分の手を絡ませ言った。
「助けたければ、助けに行ってもいいんだぞ?」
ヴィクトリアは、わずかに笑った。
「いえ、迎えには行きません。エレナなら、自力で帰ってくるでしょう」
「信じてるんだな」
「ええ、エレナもまた、アドルシュタイン家の娘ですから」
ヴィクトリアは、自分の髪を留めていた紫水晶の髪留めに、そっと右手で触れた。
おわり
作中に登場する紫水晶の指輪と髪留めは、『ヴィクトリアの契約結婚物語』をお読みいただくと、少しだけ違った意味でお楽しみいただけます。




