第43話(第一章:強欲編 最終話):強欲という言葉は、必ずしも悪意を伴うものではないようです
次の日。
イザベラから「労ってやろう」と、呼び出しを受けたエレナは、庭園に降り立った。アドルシュタインの庭園は、雪はほとんど溶けており、気温は低いが、日中は春の日差しが温かい。
「イザベラお姉さま。お待たせいたしました」
庭園の机の上には、色とりどりのお菓子と、エレナの好きな紅茶が並べられていた。
エレナは、椅子へ静かに腰を下ろした。イザベラは、両手を組み、エレナの真正面に座っていた。珍しく騎士服ではなく、シャツとタイトなパンツに身を包んでいた。対するエレナも、お呼ばれにしては、装飾のない簡素な日常着だ。
「イザベラお姉さまが騎士服でないところ、久しぶりに見ましたわ」
「いいから、食え」
「はい。いただきますわ」
メイドが紅茶を注ぐと、エレナは躊躇なくイチゴの乗ったショートケーキへ手を伸ばし、真っ先にイチゴを口へ運んだ。その様子に満足そうにイザベラは笑った。
「相変わらず、好きなものは先に食べるんだな」
「ええ、その方が合理的ですわ。一番好きなものは、最初に味わうべきです」
「最後に残しとくもんだろ」
「途中で落としたら、損失になりますわよ」
「相変わらず、強欲だな」
イザベラは、豪快に笑った。
(――強欲。このように向けられることもあるのですね。観測しましたわ)
エレナは、方位磁針のことが頭に浮かび、読取器をイザベラ経由で北の偏屈な魔石師に作成してもらったことを思い出した。
エレナは、イザベラを真剣に見つめ尋ねた。
「イザベラお姉さま。あの北の塔にこもっている偏屈な魔石師の方は、お元気でしたの?」
「ああ、相変わらず元気だったぞ」
「あのような偏屈な方、相手にできるのはイザベラお姉さまくらいですわ」
「……そうか?」
そう言葉を返すとイザベラは間を置き、どこか言いにくそうにエレナから視線を外した。
(……やはり、読取器を作成してもらう時に、何か厄介事を頼まれましたね)
「イザベラお姉さま。今度は、何を頼まれたんですの?また、危険な試作品への協力ですか?」
エレナは、ショートケーキを食べ進めながら尋ねた。
北の塔に引きこもる偏屈な地方魔石師の相手が務まる人間は、イザベラお姉さましかいない。この時のエレナは、まさか自分に火の粉が降りかかってくるとは、微塵も考えていなかった。
「いや、それがな……まあ、その話は、また今度にしよう。今日は、エレナの回復祝いだ」
「ええ、わかりましたわ。偏屈な魔石師の人体実験に耐えた――イザベラお姉さまの武勇伝。また聞かせてくださいね」
エレナは、そう話すと紅茶で喉を潤した。
イザベラは少し苦笑し、空を見上げながら「ああ……」とだけ答えた。
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イザベラとの賑やかなティータイムを終えた夕刻。庭園には、魔石灯が静かに灯っていた。エレナはアンとマルタを従え、久しぶりにアドルシュタイン家の庭園へとぐるりと散歩していた。
エレナが一歩先立って歩き、その後ろをアンとマルタが静かに付き添う。
「お嬢様、何だか懐かしいですね。こうして三人でお庭を散歩するのも」
ふと思い出したように呟いたアンの言葉に、エレナは静かに目を細めた。
「ええ。お父様が手がけられたこの庭園を歩くのは、昔から悪くありませんわ」
「……先代当主様を亡くされた当時、落ち込んでおられたお嬢様方のために、手配して改修してくださった庭園でしたね」
「ええ。気分転換に外へ出ろと……半ば強引に追い出されましたわ」
エレナは、アドルシュタイン家の前当主であった母を思い出し少しだけ笑った。
あの雪の日、亡骸も戻らぬまま、葬儀だけを終えた母。
感情の赴くままに泣いていた父。
責任、怒り、無へ逃亡した三人の娘。
エレナの脳裏に、あの頃の光景がよみがえった。少しだけ立ち止まり、庭園を眺める。
(……合理性とは、かけ離れたお父様ですけど。この完成された庭園は悪くありませんわ)
そして、エレナは再び歩き始めた。
アンとマルタもエレナの足取りに続く。
「アン」
「はい、お嬢様」
「強欲という言葉は、必ずしも悪意を伴うものでは、ないようです」
「イザベラ様に何か言われたのですか?」
アンは笑いながら尋ねた。
「ええ。イチゴを先に食べることは、強欲だそうですわ」
エレナは、いつものように淡々と答えた。
「イザベラ様らしいですね」
マルタは、珍しく少し笑いながら答えた。
「観測データが、一件増えましたわ。感情とは、やはり実地調査が必要なようですわね」
「お嬢様。これから、どうするんですか?」
アンは、お嬢様なら大丈夫だろうと思いつつも、婚約破棄となってしまった令嬢の未来を心配して尋ねた。
「どうやら、お母様からの課題が残っていたようですから。そちらを片付けようと思います」
エレナは、少しだけ沈黙し振り返った。
そうして、アンとマルタに視線をうつした。
「また、私についてきてくれますわよね?アン、マルタ」
二人は、エレナを見て力強くうなづき、即答した。
「もちろんです。お嬢様」
「お嬢様の命とあれば、どこまでも」
「では、参りましょう」
三人は並んで、しばらく沈む夕陽を眺めていた。
強欲編おわり
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。これにて、第一章「強欲編」完結です。
作中でヴィクトリアがエレナに与えた課題【無から実績を作ってみせなさい】。それは振り返ってみれば、私にも与えられた課題だったのかもしれません。初めて長編を書き始め、試行錯誤しながら、なんとか一つの区切りまで辿り着くことができました。
エレナが無から実績を積み上げたように、私もひとつだけ、実績を作れたことにしておきたいです。ここまでエレナたちを見守ってくださった皆さま、本当にありがとうございました。覗いてくださった皆様のおかげ気力を保つことができています。
――次の課題は「怠惰」
引き続き、エレナの物語を楽しんでいただけましたら嬉しいです。
第一章番外編を二本ほど予約投稿しております。少し間が空いてすみません。
■9/27日曜日(7時40分)
【第一章 番外編】迎えに行くか?~エレナ帰宅前夜(ヴィクトリアとカシアン視点)~
■10/4日曜日(7時40分)
【第一章 番外編】元第三王子付き補佐官の胃痛転職物語~上司が決裁してくれたので、定時後に肉を食べに行きました~
第二章は現在執筆中です。章完結まで辿り着ければ、修整をしてから、アップロードを再開したいと思います。
短編やホラーなど寄り道もしておりますが、エレナ編も引き続き執筆していきますので、見守ってくださると嬉しいです。
ブクマ、評価、リアクションの応援、本当にありがとうございます。あとがき長くなり、すみません!
ななめ尚央




