第41話:異性に明確に好意を示されたのは、初めてのことですね
審問の決着を受け、アドルシュタイン家と王国との間で正式な調印が交わされた。
これにより、スラム再開発事業の全権はアドルシュタイン家へ委ねられる。初期費用はアドルシュタイン家が負担する代わりに、王国は将来得られる税収の一部をアドルシュタイン領へ還元することとなった。
試算では、再開発後に見込まれる税収によって初期投資を回収し、その後はアドルシュタイン家にも継続的な利益が生じる契約となっている。
王都を発ったエレナは、アドルシュタイン領へ戻る前に、もう一度だけスラム街の広場へ寄ることとした。エレナが立ち寄ると聞きつけた職人たちは、仕事の手を止め次々と広場へ集まっていた。
「お嬢様、もう姿を隠す必要がないですね」
「そうでしたね。フードを被るのに慣れてしまいましたわ」
エレナはアンとマルタを連れ、フードを脱ぎスラム街の広場へ足を踏み入れた。
三人の姿を見つけた職人は、次から次へ声をかける。
「お嬢ちゃん、やるじゃないか」
「まさか、俺たちがどこかの住民になる日が来るとは……」
「しかも、一年も税金を免除してくれるなんて……」
「立ち上がる前に荷物を背負わせれば、倒れることは目に見えていますから」
エレナは、淡々と答えた。
それを聞いていた石工の老人は、笑った。
「ここからだな……ようやく、本当の仕事が始まる」
「ええ。これからは、アドルシュタイン家が雇用し、責任をもって管理することとなりますから」
「お嬢ちゃんは、これからどうするんだ?」
「帰ってから、考えますわ」
エレナは、目を少しだけ伏せた。
「また、スラム街にも顔を見せに来いよ?」
「ええ、もちろんですわ。必要な時は、監査しに参りますわ」
エレナが石工の老人と会話をしていると、アンが後ろの方で話しかけにくそうに立っているアルドに気がついた。
「お嬢様。アルドが来ていますよ」
そう声をかけられたエレナは、アルドに近づき少しだけ屈んで視線をあわせた。
「アルド、ご苦労さまでした。お元気で」
「エレナ」
アルドは、真剣な眼差しでエレナを見た。
「俺は、必ずエレナを迎えに行く男になるから――覚えてて」
アルドは、その場に片膝をつき、エレナの右手をとった。そして、手の甲にそっと口づけを落とした。
「……」
「……」
二人の間に間が生まれ、アルドは耐えきれなくなり素早く立ち上がった。顔を赤くしたまま走り去った。不意を突かれたエレナは、中腰になった姿勢のまま、しばらく完璧に固まっていた。職人たちは、それを見て笑っていた。
「わっ!お嬢様。アルド、どこであんなことを覚えたのでしょう」
アンは驚いて走り去るアルドの背中を見つめていた。
マルタはわずかに戦闘態勢に入った。
エレナは、何事もなかったかのように静かに背筋を伸ばした。
「……異性に明確に好意を示されたのは、初めてのことですね」
つづく




