第39話:これで終わりではありませんわ
スラム街での監査委員会の現地調査が終わり、二週間後。エレナたちは、再び王宮の審問の場へ呼び出された。
前回着席した場所へと再び案内される。
エレナは、左手の半円卓へ静かに座る。
右手側にはゼーマン伯爵。
その隣にはローデル商会の代表ローデル。
後列には、カイル殿下とリリア嬢が着席している。
監査委員が中央に座り、陛下が最上段の席へ腰を下ろす。
静まり返った謁見の間で監査委員長が一枚の報告書を開き、参加者全員へ資料を配布した。
「監査委員会による現地調査の結果を報告いたします」
全員が配られた資料を眺めながら、静かに結果を待った。
「提出された資料、工事記録、現地調査、関係者への聞き取りを照合した結果――」
カイル殿下とリリアは息をのんだ。
「エレナ・ヴァン・アドルシュタインによる告発内容を、事実と認定いたします」
ゼーマン伯爵は、顎の前で手を組んだまま表情を崩さなかった。隣にいたローデルは、監査員を見て顔面蒼白になり「何を……ばかな」と、誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。
「証拠に関しては、ローデル商会が提出した書類とエレナ・ヴァン・アドルシュタインが提出した書類――どちらが正しいのか現地確認をしながら、一つ一つ検証をさせていただきました」
監査委員長は、ローデル商会へ冷たい眼差しを向けた。
「お手元にお配りした資料の通り、ローデル商会が前回の審議で提出したものは、現場での施工との辻褄が合いません」
「なっ……」
ローデルは、思わず声を漏らした。
「さらに、本件に関与した貴族らへの調査により、裏付けとなる証拠および複数の証言を確認しております。決算状況の解析からも、ローデル商会が仲介に入り、スラム街の事業に関連する貴族業者、およびゼーマン伯爵へと不正な利益が還流していた事実が確認されました」
ゼーマン伯爵は挙手し、発言を許可され立ち上がった。
「監査委員会の調査には、敬意を表します。しかし、利益が還流したというだけで、不正への関与まで断定されるのは早計ではありませんか」
「発言の許可を」そう言い、エレナは静かに立ち上がった。薄い紫水晶の瞳が、ゼーマン伯爵を見据えた。
「利益が還流されただけでは、関与の断定にはならない――そう、おっしゃいましたか?三年もの間、ご自身の口座へ還流する利益すら把握できなかったとおっしゃるのでしたら、ご自身が四則演算もできない無能であると認めることになりますわよ」
エレナは質問に答える間を置いたが、ゼーマン伯爵は何も答えなかった。
――これ以上の弁明は、無能か共謀、そのどちらかを認めることになる。ゼーマン伯爵は、ぴくりとも表情を変えず、ただ黙って席に着いた。
「両者、着席されましたね」
監査委員長はエレナたちに視線を移した。
「以上をもちまして、監査委員会は、アドルシュタイン家より提出された告発内容について、事実と一致するものと認定いたします」
ローデルは、資料をぐしゃっと握りしめた。その表情は、怒りで満ちていた。ゼーマン伯爵は表情を変えず、陛下へ視線を移した。
「本件に関する処分につきましては、陛下のご裁定を仰ぎます」
監査委員長は、それ以上は何も告げずに資料を閉じた。そして、陛下がゼーマン伯爵へ視線を落とし言葉を発した。
「ゼーマン伯爵、何か申し開きはあるか」
「……ございません。王命であれば従いましょう」
ゼーマン伯爵は、頭を下げたまま答えた。
「監査委員会による調査結果を受理する」
陛下の厳格な声が、静まり返った審問の間に深く響き渡った。最上段から見下ろすその眼には、一切の慈悲も迷いも含まれていなかった。
「ゼーマン伯爵。汝は、王国の信任を汚し、国家の財政を不当に利用した……よって、これより裁定を下す」
カイル殿下は静かに父である王を見つめていた。その表情は、怒りで険しく濁っていた。リリアは、恐ろしいことが起こる前触れに、ただ、怯えて震えている。
国王は脇に控える大臣から手渡された書状に視線を落とし、淡々と宣告を始めた。
「第一に、ゼーマン伯爵の爵位を即刻剥奪する。第二に、過去三年間にわたり不正に得た利益の全額返還、および懲罰的罰金としてゼーマン家の全資産を没収とする。なお、調査期間中は、その身柄を拘束する」
陛下の言葉に壁側に控えていた王都の数人の騎士団が、静かに拘束の準備を始めた。
「また、今回の不正に関わった貴族には追加調査を行い、厳正に処罰を下す」
ゼーマン伯爵は、微動だにせず、ただ、深々と頭を下げたままだ。陛下は、言葉を続けた。
「第三に、不当な工事および虚偽書類の作成を主導したローデル商会を即時摘発。全財産を差し押さえ、代表者ローデルをはじめとする関与者全員を拘束する」
「なっ……お許しを陛下。私はただ、指示に従っただけで……」
顔面蒼白になったローデルが思わず叫び声をあげて立ち上がったが、控えていた王都の騎士団により、拘束され速やかに連行されていく。
ゼーマン伯爵も王都騎士団に同行を促され、抵抗することなく応じた。どこか、その表情は余裕に満ちていた。小さくゼーマン伯爵は、エレナに向かって呟いた。
「見事でしたな。エレナ・ヴァン・アドルシュタイン。……覚えておきましょう。勝負は、まだ終わっていませんよ」
ゼーマン伯爵は、王都騎士団に同行し、審問の間を後にした。エレナは、その発言を気にすることなく冷静に前を見据えていた。
(事実は証明されました。ですが、これで終わりではありませんわ)
つづく




