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第37話:難癖とは、合理的な考えではありませんね




「では、エレナ・ヴァン・アドルシュタイン。発言を続けて下さい」


 エレナは、ゼーマン伯爵とローデルを交互に見た。


「では、本題に入りますわ。前述したとおり、スラム街の治水事業には、不正が行われている疑いがあります。そして、公金横領にゼーマン伯爵とローデル商会が関与していることが考えられます。これについて、アドルシュタイン家では、監査委員会に正式な調査を申し立てますわ」


「なっ……なにを根拠に。ゼーマン伯爵の善意に泥を塗る気か!」

 カイル殿下は、思わず声をあげ立ち上がりそうになるが、リリア嬢がぎゅっと腕をつかんで静止した。


「お静かに。続けて下さい。エレナ・ヴァン・アドルシュタイン」


「はい。現時点で申し上げられるのは、『疑いが合理的に認められる』ということだけですわ」

「説明してください。エレナ・ヴァン・アドルシュタイン」


 エレナは、役所からの控えの資料とゼーマン伯爵とローデル商会の関係性についてまとめた資料を監査委員会に提出した。監査委員会の五人は、資料をぱらぱらとめくる。


「スラム街の治水事業で中抜きが行われていることは、資料をご覧いただければお分かりになると思います。まず、石の搬入については、現場でも半分しか搬入されていないことを確認いたしました。そして、給料が支払われているはずの作業員の中には、すでに死亡している者や、スラム街を離れた者まで含まれています。私が持参した『役所に提出されていた資料の複写』と『スラム街の住人の証言』をご覧いただければ一目瞭然です」


「確かに。何人か死亡したり、スラム街を出たりしている人間がいることは明らかですね」


 監査委員長は呟いた。それに反論するように、ローデルは挙手をして起立し資料を提出した。


「それは本当に役所へ提出されていた資料の複写ですかな。我々ローデル商会が役所へ提出した資料はこちらです。こちらには、役所へ提出した際に押される『原本証明』の印もございます。監査委員会の皆様にご足労いただくのも忍びないので、私の方で事前に取り寄せておきました。こちらを証拠として提出いたします」


 監査委員長は、二つの資料をじっくり見比べながら発言した。


「アドルシュタイン家が提出した複写と、現在役所に保管されている原本の内容が一致しません」

「それは当然でしょう。アドルシュタイン家がお持ちになった資料が正しいという保証はありませんからな」


 監査委員たちは、ローデルが提出した資料とエレナの提出した資料を見比べた。


「決算内容は同じですが、微妙に中身が違いますね。どちらが正しいか証明できますか?エレナ・ヴァン・アドルシュタイン」


「少なくとも、どちらが私の閲覧した原本と同一であるかは確認できますわ」


 エレナは、ローデルが持参した『原本証明』の付された資料へ読取器をかざした。読取器は、何の反応も示さなかった。エレナは、役所で閲覧した資料に魔石を使用し、固有筆跡を残していた。


「……なるほど。こちらは、私が閲覧した原本ではありませんわ」

 エレナは、ふっと笑いながらローデルとゼーマン伯爵を見た。


「現在役所に保管されている原本そのものが、私が閲覧した原本とは異なっていますわ。私が閲覧した原本には、日付と時刻を添え、固有筆跡を残しております。もっとも、これは私が独自に施したものですので、証拠として採用していただく必要はありません」


「独自に?」

「はい」


「重要なのは、私が正式な手続きを経て取得した複写資料と、現在役所に保管されている原本の内容が異なっていることですわ。複写を取得した記録も、役所に残っているはずです。いつ、どの段階で内容が変わったのか――調査すれば確認できますでしょう?」


「では、この原本が差し替えられた可能性があると? 」


「いえ、こちらが本物です」

 ローデルは、できるだけ動揺を悟られないように着席した。


「……現在役所に保管されている原本と、告発者が過去に取得した複写の内容が異なる可能性がある。そして告発者は、当時閲覧した原本には固有筆跡を残したと主張している。――双方の資料及び役所の文書管理記録を、監査対象とします」



 ゼーマン伯爵は、動じることなく挙手をし起立した。


「失礼ですが、エレナ様。スラム街の証言とおっしゃいましたが、そちらの資料こそ、偽物ではないですか?存在しないスラムの人間たちに我々が給料を支払っている――そんな妄言をおっしゃっているのは、エレナ様でしたよね。ご自身が、そう、お考えだから、我々に難癖をつけているのでは?」


「難癖とは……合理的な考えでは、ありませんね」


 エレナは、資料をぱらぱらとめくった。そして、住民登録票の一覧をゼーマン伯爵に向けた。


「こちらの資料をご覧ください。証言者として記載されている全員につきましては、すでに我がアドルシュタイン領への住民登録を完了させております。私は、スラム街へ足を運び、現場の状況を観察した上で、現地の住民と直接やり取りを重ねました」


 エレナは、ゼーマン伯爵を見て発言を続けた。


「そして、住民と私の侍女による過不足のない聴取、および速やかな住民登録の手続きを依頼した次第です。すなわち……提示した証言者全員につきましては、住民登録を完了しております」


 エレナは、ゼーマンたちを冷徹な目で見つめて続けた。


「したがって、身元不明者の証言は一件も含まれておりませんわ。誰が、いつ、どこで証言したのか。全て追跡可能ですわ」


 監査委員長は、エレナを見た。ゼーマン伯爵は一瞬だけ目を細め、静かに着席した。


「証言者全員について、身元確認済みという理解でよろしいですね」

「はい」

「証拠提出として、認めます」


「以上の証拠から、治水事業に携わる全ての業者について、監査委員会による調査を申し立てますわ」


 エレナは、国王と監査委員の方を冷徹な眼差しで見た。陛下は、ただ会議を黙って聞いていた。相変わらず、その表情は、何を考えているか――エレナには理解できなかった。


「監査委員会で、治水事業に関わるものすべてを調査しろ」

 陛下は、そう短く告げた。


「承知いたしました。ところでエレナ・ヴァン・アドルシュタイン。公文書へ許可なく固有筆跡を残した件については、別途説明していただきます」


「……必要ですの?」

 監査委員会の視線を受け、エレナは小さく呟いた。




つづく


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