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第36話:一つの不審点が導き出されましたわ




「――告発者、エレナ・ヴァン・アドルシュタイン。監査委員会は貴殿の発言を許可します。……証拠の提示、および説明を開始しなさい」


「承知いたしました」

 エレナは椅子から立ち上がり、周りを見渡して上品に一礼をした。


「本件は、スラム街治水事業に係る不正についての告発です」


 ゼーマン伯爵は顎に手をあてたまま、余裕たっぷりにエレナを見ていた。隣に座るローデル商会の代表商人も動じることなく、エレナを眺めている。


「スラム街における三年間の記録。役所へ提出された人件費及び資材搬入記録の複写資料。ならびに現地住民、元作業員の証言記録。これらを照合した結果、一つの不審点が導き出されましたわ」


「不審点とは?」

 監査委員長が手帳に書き留めながら尋ねる。


「完成しないことによって、毎年同じ工区へ補修予算が計上され続けています」


 エレナの一言にゼーマン伯爵が挙手をし、監査委員長の「発言を許す」との合図に起立する。ゼーマン伯爵は、エレナをしっかりと見据えた。


「エレナ様。あまりにも失礼ではありませんか。それに、エレナ様がおっしゃられていることは、空論です。実際にスラム街の治水現場をご覧になったのでしょう?あの住民と泥と瓦礫をご覧になって、それでも簡単に完成すると?お解りにならなかったとは、数字しか興味のないエレナ様らしい。あそこは、予算を投入しても、なかなか思うように進まぬところなのです。私も、胸を痛めております」


 ゼーマン伯爵の発言に、カイル殿下は「うんうん」と深く頷いている。隣のリリア嬢の表情は、不安そうなままだ。ローデルの商人は、ただ、じっとエレナを眺めたまま微動だにしない。


「はい。現場は確認させていただきました。ですから、お伺いしたいのですわ」

 エレナは、淡々と続けた。


「三年間――毎年予算は増額されております。カイル殿下の私費も含まれて。それにも関わらず、完成率だけが変化していない理由を、ご説明いただけますか」


 ゼーマン伯爵は、ふっと意地悪そうな笑みを浮かべる。ローデル商会の代表が挙手をし、発言が許されるとゼーマン伯爵は、ゆったりと腰をおろした。


「エレナ様。その質問には私が答えさせていただきましょう。改めまして、ローデル商会、商会長ローデルと申します。エレナ様には、一度、現場でお会いさせていただきましたな」

 商会長ローデル――その男は、スラム街で資材搬入の中止を言い渡した人物だった。


「エレナ様が何を根拠に申しているのか、理解に苦しみますが。私たち、ローデル商会も国から委託を受け、資材や人員を毎年、大量に投入しているのです。しかし、住民たちの『生活ごみ』『違法建築』等により、工事区画が台無しになってしまっている。それは資料を見て頂いても、明らかだと思いますが」


 ローデルは、悲しそうに続けた。


「予算を投入して頂いても、消えてしまう。我々も悲しんでおります。しかし、工事を止めてしまうと被害が拡大してしまう……我々もやりきれない思いなのです。ご理解いただけませんか?」


 エレナは、ふっと笑いローデルを見返した。


「では、確認させていただきますわ。住民の違法建築及び生活ごみが原因であれば、毎年同じ場所から補修工事が始まる理由を、ご説明いただけますか?なお、スラム街には、明らかに水が溜まるように設計された場所もありました。その点についても、お聞かせいただけますか」


 ローデルは、エレナのしつこさに呆れたような表情を見せる。


「それは、全て住民の違法建築や生活ごみのせいでしょう。毎年、同じところが壊れるのですから、仕方ありません。スラムの人間には、私共も手を焼いておりますので」


「スラムの違法建築や生活ごみが原因とあれば、行政指導や撤去命令を下せるはずですわ。そして、それらは、記録に残し役所に提出する義務があります。しかし、役所に提出された資料には記載がありませんでしたわ」


 エレナは、監査委員会の議長へ視線を送った。監査委員会の議長は、エレナの視線を受けて言葉を発した。


「ローデル商会長、提出できますか」


「スラムでは、現場での指導を第一優先にしておりますので……」

 監査委員会や、国王の視線を一斉に受けたローデルの表情は硬く、額に一筋の汗が流れる。


「提出できないという理解でよろしいですね。記録が存在しない以上、その主張に現時点で証明力は認められません。結構です。着席してください。ローデル商会長」


 渋々ローデルは、着席する。カイル殿下は、心底悔しそうな表情をしており、リリアは固く目をぎゅっと閉じた。ゼーマン伯爵は、動じることなく顎に手をあてたまま、会場を見渡していた。



つづく



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