第27話:合理的判断が皆さん早くて助かりますわ
数日後。
石工の老人につられるようにして、スラムに潜んでいた元職人たちが集まってきた。
エレナたちが最初の作業場に選んだのは、目立たない区画にある古い排水路だ。ゼーマン伯爵の息がかかった監視の目を避けるため、大がかりな重機も音の出る道具も使えない。比較的修繕が簡単なところから、着実に手を広げていくことにした。
現場の隅へ移動すると、エレナは膝を折り、地図を地面へと広げた。四隅が風でめくれないよう、石で重しをする。そこに描かれていたのは、三週間もの間、泥にまみれ、雨に打たれながら歩き回って書き込んだ排水路や地形、水の流れが細かく記されていた。
ざらついた地図を指でなぞり、石工の老人が目を見開いた。
「なんだこれは……おまえ、ここまで一人で調べあげたのか?」
「ええ。治水計画に携わったことはありますが、担当は事業計画や予算管理でした。現場に関しては、素人の観察ですわ。抜け漏れや数値の誤差もあるでしょう。ですから……」
エレナはしゃがみ込む職人たちを一人一人、静かに見渡した。
「職人であるあなた方に、補正していただきたいのです」
「補正は、してやるが。材料は、どうするんだ?」
困ったように頭をかく職人へ、エレナはふっと小さく笑った。
「アドルシュタイン家の年間収益六割程度は、我が領内で採掘される魔石の流通によるものですの。石は、いくらでも用意できますわ」
「……魔石を掘ったあとの石か。それなら、強度も加工しやすさもあるな」
石工の老人が声をあげる。だが、腕組みをした別の男が眉をひそめた。
「労働力と道具はどうする?」
「仕事を失った者は、この街にまだ数多くおります。とりあえず、日雇いで募集をかけますわ」
「ああ……俺も何人か声をかけてみるよ」
はじめは遠慮がちだった職人たちが、地図の周りに身を乗り出し、次々と口を開き始めた。
「じゃあ、道具は?」
「道具なら鍋を売ってるじいさんが昔、鍛冶屋だったはずだ。まだ自分で修理した物を細々と売ってるから、腕はあるはずだ」
「荷車は、スラムの近くの林に捨てられたのがあったな」
「かき集めれば、少しはどうにかなるかな」
泥のついた地図を囲み、指で路地をなぞりながら、職人たちは燻っていた熱を上げていく。アンとマルタは、彼らが次々と考えを口に出す姿を見て、顔を見合わせた。そして、少しだけ笑った。
アンはエレナにそっと耳打ちをする。
「お嬢様、良かったですね」
「ええ、合理的判断が皆さん早くて助かりますわ」
エレナとアンが話をしていると、石工の老人が座ったまま顎に手をあてぽろっと疑問を口にした。
「なあ、ずっと疑問だったんだが、お嬢さんは何でここまでやるんだ?」
石工の老人の疑問に、他の職人からも一斉に注目が集まる。
エレナの表情はフードを被っており、外からは誰にもわからない。フードの中のエレナは、表情をひとつ変えず、当然のように言い切った。
「非合理的なやり方を優しさや善意と取り違え、構造的な問題から目を背け続ける人間を見ると、不快になりますの。それを利用し、利益を得る人間はなおさらです。欠陥のある構造は正し、不必要なものは排除する。それ以上の理由など必要ないですわ」
職人たちはエレナの淡々とした物言いに返す言葉なく、沈黙する。
アンとマルタは心配そうに、エレナと職人たちを交互に見た。沈黙を破るかのように、石工の老人は思わず吹きだして豪快に笑った。
「はははは。こりゃいい」
「変わった嬢ちゃんだな」
「とんでもない雇い主かもな」
職人たちは、石工の老人が笑ったことをきっかけに、次々と笑い声をあげた。エレナには、笑われた理由が全く想像がつかなかった。
笑い声が起こる中エレナは沈黙し、一人地図を冷徹な眼差しで見つめた。
(ゼーマン伯爵、カイル殿下、リリア嬢。まとめてアドルシュタイン家の利率で、きっちり清算させていただきましょう)
つづく




