第20話:同じ信念をもつ若い者同士、惹かれあうのは、当然のことでしょう
「ゼーマン伯爵。どうやら、カイル殿下がスラム街へご旅行に行かれたそうじゃないですか。リリア嬢を連れて」
重厚な革張りのソファに深く腰かけ、真正面に向き合ったゼーマン伯爵とローデル商会の商人は、ワイングラスを傾けながら密談を交わしていた。
商人の顔は固く巻かれた布に隠され、見えているのは隙間から覗く深い黒い瞳と、厳しい風砂に晒されてきたような日に焼けた肌の色だけだ。その異様な風貌からは、どこか得体の知れない不気味さが漂っている。
「ええ、どうやら陛下のご命令のようですね」
ゼーマン伯爵は、手元のワイングラスを優雅に傾けた。柔和そうに細められた目は、笑っていても、その奥にあるものまでは決して覗かせない。
「旅行の準備品として、商品をたくさん購入して頂きましたよ。随分と素直な殿下ですね」
「何をおっしゃりたいのですか」
ゼーマン伯爵は、穏やかに尋ねた。
「いえ。あなたも扱いやすいでしょうね、と思いまして。しかし、あの娘も随分とうまくやったものですね」
ローデルの商人は、ワインを布の隙間から器用に口にした。
「リリアですか」
「ええ。あなたが殿下に引き合わせた頃は、ここまでお気に召されるとは思いませんでしたよ」
ゼーマン伯爵は、ワインを机に置き足を組んで、ふふっと穏やかに笑いながら答えた。
「同じ信念をもつ、若い者同士。惹かれあうのは、当然のことでしょう」
「信念、ですか」
ローデルの商人は、その言葉を聞いて少し眉をひそめる。
「カイル殿下も、リリアも、困っている者を助けたいという慈善活動に重きを置いております。しかし、エレナ様との婚約以来、カイル殿下はどこか満たされない日々を送っておられた。私は、お可哀想な殿下に理解者を提供しただけですよ」
ゼーマン伯爵は、灰色の髪を撫でつけ、どこか楽しそうに目を細めた。
「ふふっ……理解者、随分と便利な言葉ですね」
「どういった意味ですか」
「いえ、何も」
ローデルの商人は、布越しに含みのある声で笑った。そして、話題を変えるように言葉を続けた。
「そう言えば、あなたが切ったエレナ様でしたか。何やら、スラム街を嗅ぎまわっているようですよ。うちの商会へも鼠が二匹ほど、紛れ込んでいたようですね。積み荷を確認して帰っただけのようですが」
ゼーマン伯爵は、特に動揺することなく机に並べられたチーズを一かけら口に運び、ゆっくりと咀嚼してから言った。
「積み荷を見ただけでしょう」
「ええ。見ただけです」
商人はワイングラスをゆっくり傾けた。
「――だから、気になるんですよ。何を探していたのかではなく、何を見つけたのかがね。普通の鼠なら、何かを盗んで帰るでしょう」
「……何がおっしゃりたいのです?」
ゼーマン伯爵は、ローデルの商人の言葉に静かに怒りをみせたが、表情はどこまでも穏やかだった。
「いえ、あくまで情報をお伝えしただけです。気分を害したなら、申し訳ございません。しかし、念のため、こちらへ繋がる帳簿くらいは整理しておきましょうか?」
ローデルの商人はそう言うと、布の隙間から覗く黒い瞳で、じっとゼーマン伯爵を見つめた。
「必要ありません。今動けば、かえってこちらから繋がりを教えることになるでしょう。頭脳明晰でも、人の感情を理解できない田舎のアドルシュタインの女など、とるにたりませんから」
ゼーマン伯爵はゆっくりと首を振り、嘲笑を交えてそう言い捨てた。
伯爵の言葉に、顔を布で覆ったローデル商人は黒い瞳をわずかに細めた。
「では、私はそろそろ失礼します。明朝には王都を発ちますので」
「次はどちらへ?」
「さて。商人ですからね。商品になるものがある場所へ」
「そうですか。会長にも、よろしくお伝えください」
「ええ、ローデル会長に伝えておきます」
ローデルの商人は、飲み残したワインをそのままに、静かに部屋を後にした。
つづく




