第17話:エレナがくれたパンの方がうまかった
スラム街の広場に、一台の馬車が滑り込んだ。
漆黒の馬車の車体に金の装飾が施されたその姿は、周囲の朽ちかけた家や泥に汚れた路地とは、あまりにも不釣り合いだ。まるで、違う世界から迷い込んだかのような異質さを放っている。
馬車の前後には数人の騎士が付き従い、彼らの鎧に刻まれた紋章が、乗っている人物の身分の高さを無言のうちに告げていた。
「なんだ、あれは?」
「こんなど真ん中に集団で止まりやがって、商売の邪魔だよ」
広場にいたスラムの住人たちは、突然現れた場違いな訪問者に不快感を表した。ぶつぶつと文句を言っている声が聞こえる。そんなスラム街の住民たちを無視するように、馬車の扉が開かれる。
この場には似つかわしくない、王家の象徴――水色の髪色の長身の男性が、馬車から姿を現した。そして、ぬっと美しい装飾がされた革靴の先端が馬車から降り立つ。革靴の持ち主は、ピンク色の髪に緑色の瞳の可憐な女性だ。二人とも、手にはおそろいのブレスレットを装着している。
「なんだあ、仮装大会かあー?」
「ばか、あれは王族だよ」
「頭を下げろ」
スラムの住民たちは、二人の場違いな佇まいを見て、何かを察し慌てて頭を下げる。
「リリア、足元がかなり汚れている。気をつけて」
「せっかく買って頂いた靴が汚れてしまいます」
「靴なんか、何度でも買ってあげるよ」
スラムの住民たちは、頭を下げたまま自分の視界にうつる靴を無言で眺めていた。
カイル殿下とリリア嬢は、馬車から手を繋いだまま降り立ち、周りを見渡した。周辺を警備する騎士たちは、暴動が起きないか冷や冷やしながら、周りを警戒している。
異様な空気感に包まれているスラム街で、カイル殿下は軽快な一言を放った。
「皆、顔をあげてくれ」
スラム街の住民たちは、無言のまま、その声に反応し顔をあげる。その表情には、「早く面倒ごとが立ち去ればいいのに」という本音がありありと浮かんでいた。
「皆さん、今日はよろしくお願いします!!」
混沌とした空気感などお構いなしに、リリア嬢は満面の笑みを浮かべた。
よろしくとは……?スラム街の住人たちは、リリアの一言にさらに困惑する。
「僕は、このスラム街をよくしたいと思っている!さあ、皆の本音を聞かせてくれ」
「皆さん、何かお困りのことはありませんか?」
スラム街の住民たちは、完全に沈黙した。
そこへ一人の男が、恐る恐る声をあげた。
「……困ってること、ですかい?」
カイルは嬉しそうに頷いた。
「ああ。何でも言ってくれ」
「……」
男は、周囲の騎士を見た。
「じゃあ、その馬車……どけてもらえませんかね。店の前なんで」と、小声でつぶやく。男の顔は、顔面蒼白で今にも倒れそうだ。
カイル殿下は、その言葉を聞いても何が悪いのかは、理解できていなかった。リリア嬢も、ただ不思議そうな顔をして男の顔を見ていた。しばらく沈黙したのち、カイル殿下は、じっくりと周囲を見渡し何かを閃いたかのように言葉を発した。
「ああ、ここがお店だったのか」
王都の大通りに建ち並ぶ店舗といえば、磨き上げられた窓に整然と美しい商品が飾られ、店員が上品に客を迎えるのが常だ。
だが、このスラム街の店には、そんな欠片すらない。
店舗と呼べるのは、今にも崩れそうな木箱の棚くらいなもの。そこに陳列されているのは、カイル殿下の視点では、商品とは呼べない品物ばかりであった。
「失礼した。王都の店とは違い過ぎて、気がつかなかった。とりあえず馬車はどかそう」
「あ……、あ、ありがとうございます」
声をあげた男は、首が飛ばなかったことに心の底から安堵した。周囲にいた住民たちも、同じく全員がほっと胸をなでおろしている。
「少し、歩くか、リリア」
「ええ、いろいろなお話を聞いてみたいです!」
カイル殿下とリリアは、広場をゆっくりと歩き始める。
馬車をどかせると簡易的に品物が並べられた店が、所狭しと並んでいる。カイル殿下とリリアは、ボロボロの身なりの兄妹と思われる店の前に立った。リリアは、一人の男の子と女の子三人の兄妹を見つめる。
「まあ……こんな小さい子が働いているなんて。大丈夫ですか?」
「リリアは、優しいな」
少年たちを心配している表情をリリアは見せ、その様子をカイル殿下は優しい眼差しで見守っている。
「……小さくはない」少年は、少し見下されているような気分になり、小さく反発し呟いた。
「お兄ちゃん……しっ!」
妹は、失言しそうな兄を慌てて止める。しかし、カイル殿下とリリアは、そんな兄弟の様子を全く気にしてはいない。
「きみ、名前は?」
「……アルド」
「そうか。アルド、この店はきみがやってる店なのかい?」
「今日は、頼まれてやってるだけだ」
アルドが店番をしている粗末な店先には、簡素な砥石や石皿、重しに石臼の小物、建材の端材を加工した粗削りな商品が細々と並べられている。だが、カイル殿下もリリアも、そんな商品には目もくれない。
ただ、アルドや妹たちだけを憐みの目で見ていた。
「まあ、大変ですね。何か私たちにできることはありませんか?」
「別に、店の邪魔さえしなければいい」
「お兄ちゃん!!」
アルドの下の妹は、何か罰を与えられると思い、思わず大声を出す。
アルドは、気にしてはいなかった。
「そうだ!きみたちに良い物をあげよう」
そう言いカイル殿下は、騎士に馬車の荷台にある「大量の紙袋を配るように」と言い、広場にいるスラム街の住民たちに次々と手渡すように指示した。
アルドたちも紙袋を受け取った。
中身は、数個の小さなパンが入っている。
アルドの妹たちは、中身を見て喜んで、パンをすぐに口にした。
「ありがとうございます」
「この高貴な方は、悪い人ではないのかも……」
「お隣にいらっしゃる方も、天使のようだし」
「わしは、施しは受けん」
紙袋を受け取ったスラム街の住人たちの反応は、様々であった。
アルドは、紙袋に入っていたパンを一口、かじった。
「お兄ちゃん、おいしいね」
「ああ……」
妹たちは、もらったパンを嬉しそうに頬張っていた。パンなど今の自分たちにとっては簡単に買える代物ではない。与えられれば素直にありがたいし、腹を満たせるのは間違いなく助かる。……けれど、どこか胸の奥にくすぶるモヤモヤとした感情が拭えなかった。
アルドは手元にあるパンへ、もう一度だけ視線を落とした。
(……エレナがくれたパンの方がうまかった)
アルドはそう思いながら、それでも残りのパンを口に運んだ。
つづく
ついにカイル殿下とリリア嬢がスラム街に到着しました。この二人の登場を少しでも、お楽しみ頂けたら嬉しいです。読んでくださり、ありがとうございます。ブクマ、評価★、リアクションなど、励みになります。気が向けば、よろしくお願い致します。




