第13話:死人が働いているという、非常に興味深い仮説がたちましたわ
アルドに本日分の日雇い報酬を払ったあと、エレナたちは北部騎士団の臨時宿泊所へと帰宅した。
エレナの周りの机から床は、たくさんの資料が散らばっている。エレナは資料を片付けることもなく、ソファへごろごろと横になった。
「お嬢様、その考える時の癖どうにかなりませんか。毎回、足の踏み場がないんですが」
「考え終わったら片付けますわ。この方が資料を見つけやすいんですの」
アンは床に散らばった資料を見た。
(片付けたい……!今すぐに)そんな衝動に駆られるが、エレナの思考の邪魔をしてはいけないと思い、見て見ないふりをした。マルタは、夕食の材料の買い出しに出かけていた。
エレナは、アドルシュタイン家に渡された、今日と同じ時期の資料を眺めていた。
書類上では、石材百台分、作業員五十名、工期三十日と記録されている。しかし、今日見た現場では、どう見積もっても全ての数が足りない。
「おかしいですわ。石材の納入記録そのものは、百台分もありますのに」
「どう考えても、少なそうでしたよね。材料の石なんか、どこに置いてあるんでしょう。職人の方も『届いた材料は、半分。人も足りない』って言ってましたよね」
「ええ」
アンは、エレナの周り以外を整理整頓しながら考え話を続けた。
「職人の方が嘘をついているとか?」
「その可能性もあります。ですが――」
エレナは寝転がったまま、一枚の納品書を持ち上げた。
「発注、輸送、受領。すべての記録が揃っていますわ。書類上では、石材百台分が確実に現場へ届いている」
「でも、実際には半分しか届いていない……」
「ええ。つまり、数字を改竄したのではありませんわ」
エレナは、床に散らばった資料から輸送記録だけを抜き出した。
「物や人が途中で消えていますわね」
「人が消えた?確かに、作業員って、十人くらいしかいませんでしたよね?誤魔化しているのでしょうか」
アンは、手を止めてエレナを見た。
「誤魔化しているというか……少し考えを整理しますわ」
エレナは、床に散らばった資料をそのままにし、目を閉じた。
「お嬢様、そのまま眠るのはナシですからね」
******
次の日。アルドと昨日と同じ場所で待ち合わせをしていたエレナたちは、現地に向かった。すでに、待ち合わせ場所には、相変わらずボロボロの身なりに包まれたアルドが立っている。
「あら?今日は、遅刻ではないですね」
「昨日、散々嫌味を言ってきたじゃねーか」
「嫌味?事実を申しただけですわ。昨日の指摘を翌日に改善できる点は評価しますわ」
「⋯⋯いちいち、評価するな」
エレナは、年下の相手に淡々と言い返していた。そんな主人にアンは少しだけ呆れながら紙袋を、アルドに手渡す。
「これは?」
「アルド、ご飯食べてないでしょ?」
「空腹で働くのは非効率ですわ。食事もまた、次の成果を出すための重要な作業です」
アルドは、素直に紙袋を受けとった。そして、エレナをまっすぐ見つめるが、フードを深く被ったエレナの表情は読み取れなかった。
「……これも報酬に入ってんのか?」
「いいえ。必要経費ですわ」
「必要経費ってなんだよ」
「あなたですわ」
「俺?!」
アルドは顔を真っ赤にして、少しだけ大声を出した。なぜ、顔が赤くなったのかは、エレナにもアルドにも、理解できなかった。マルタとアンだけが、その様子を見て少しだけ、笑っていた。
「今、食べないんですの?」
アルドは貰ったパンを鞄にしまった。
「いや、何個か入れてくれてるだろ?妹たちに好きなのを先に選ばせてやりたいから」
「アルド、自分も食べなさいよ」
「わかってるよ」
アンの忠告にアルドは、うなづいた。
「ではアルド、さっそく本題に入ります」
「それで、今日は何をするんだ?」
「昨日、消えたものを探しますわ」
「消えたもの……?」
「物と人です。アルド、この字は、読めますか?」
「エレナ、俺はスラムの人間だから簡単な字しか読めない……」
「……」
「なんだよ」
「いえ、想定していませんでしたわ。かまいません。わたしが翻訳してあげましょう」
「……悪かったな」
エレナたちは、アルドの案内で喧騒から離れたスラムの一角へ移動した。そこは、路地裏で人通りもほとんどないような場所だった。
アンとマルタは、まわりの安全を確認する。
エレナは汚れを気にすることなく、アルドの視線に合わせて、しゃがみこんだ。そして、昨日みていた輸送記録をアルドに示した。
「いいですか。これは、去年の記録です。昨日の工事は明らかに、ここに書いてある数字より材料も人も少ないまま、進められていましたわ。去年は、どうだったか、アルドは覚えていますか?」
「⋯⋯材料も人も、三年前に工事が始まった時から、何も変わってねえよ」
「始まった時から?」
「ああ。雨の前になると毎年同じだ。石を運んできて、積んで、雨が降ったら崩れる。で、また次の年に同じことやってる」
「工事を担当する人間も同じですか?」
「知らねえ。でも、たぶん人数は同じくらいだ。⋯⋯あ、荷車についてる印なら、三年くらい前から、ずっと同じだぜ」
「印?」
「ああ。俺、字は読めねえけど、あれなら分かる」
エレナは思い立ったように紙とペンを取り出し何かを書き上げた。そして、印のようなものをアルドに見せる。
「⋯⋯これですか?」
「よく、わかったな。これだよ」
「この印は、どこで見ましたか?全て思い出してください」
「荷車として来て、石をおろして、どこかへ行く。方角的には、都市の方だ」
エレナは、一呼吸置くと鞄の中から別の資料を一枚取り出した。
「次は、スラム出身者として雇用されている者の名前を読み上げますわ。いるかいないか、教えてください」
そういうとエレナは、帳簿に書かれている作業員の名前を何人か読み上げた。
「⋯⋯全員は、わからないが。その中の五人くらいは、死んだやつだよ。俺が住んでる集落だから、間違いない」
「死亡したのは、いつ頃ですの?」
「そいつは三年前。こっちは去年の冬」
エレナは帳簿へ視線を落とした。
「……なるほど」
「何かわかったのか?」
「死人が働いているという、非常に興味深い仮説がたちましたわ」
「は???」
アルドは、エレナの言っている意味が理解できず、思わずエレナをじっと見つめた。しかし、フードでエレナの表情は隠されており、何もわからない。半ば呆れ気味に、アルドは話を続けた。
「死人は働かないだろ?」
「ええ。ですから、その方々へ支払われた賃金を受け取った人間が、別に存在しますわ」
(スラムの人間は、住民として登録されていない。そこを上手く利用していますね。四則演算もできない男だと思ってましたが、興味のあることには頭がきれますわね。ゼーマン伯爵……)
カイル殿下の後ろで嫌な笑みを浮かべている男の顔を、エレナは思い出した。少し間をあけ、エレナは言葉を続けた。
「ですが、これだけでは証拠として不十分ですわ」
「死人がいるのにか?」
「名簿の更新漏れと主張されれば、それまでです」
「じゃあ、どうすんだよ」
「支払い記録を確認する必要がありますね。管轄の役所へ工事に関する書類は提出する必要がありますから、探しに行ってきますわ」
そういうと、エレナはアルドの方に視線をうつした。
「アルド、もう一つ頼まれてくれませんか?」
「なんだ?報酬をもらえるなら、うける」
アルドは、目を輝かせて返事をした。
「マルタと一緒に荷車がどこに到達するのか、実際に確認してください。商会の目星はついていますが、正確な証拠を集める必要があります」
エレナは、一呼吸置いて会話を続けた。
「マルタ。アルドの指示に従ってください。身の安全を優先してください」
「承知しました」
マルタは、エレナの意図を察するように頷いた。
「え、俺の指示⋯⋯?」
アルドは、少し驚いていた。出会ったばかりの、しかも明らかに身分が高そうな相手から、これほどの仕事を丸投げされるなど予想していなかったからだ。
「今のスラム街において、あなたの方がマルタより土地勘があります。適材適所ですわ」
アルドは変わった依頼主だなと思いながら、静かに「……わかった」と、頷いた。
つづく




