第11話:あなたの今日を買いましょう
エレナたちは、スラム街の薄汚れた路地裏、人目につかない街角に立っていた。すでにエレナたちが到着して、数分は経過している。彼女たちは、スリをはたらいた『こげ茶色の髪の少年』を待っていた。
「遅いですわね。時間は有限ですのよ」
「お嬢様、来ないとは思わないのですか?」
無駄な時間の消費に少し苛立っているエレナを見て、アンは言った。すると、アンの意見に珍しくマルタが口を開いた。
「アン。あの少年の瞳は、昔の私たちに似ていた。約束を違えるようには思えない」
その言葉を口にしたあとも、マルタは周囲の警戒を続けた。やがて、その視線がある一点で止まる。しばらくすると、こちらへ向かって全速力で走ってくる少年の姿が見えた。
相変わらず、その身なりはボロボロのままだが、こげ茶の前髪から覗く灰青の瞳からは、強い意思を感じられる。エレナは、到着した少年に声をかけた。
「遅いですね。私の予定において、遅刻は最も効率の悪い資源の浪費となりますわ」
「スラムに時間なんか、あるわけないだろ?」
エレナの注意に少年は、悪びれることなく答えた。
「で?何をすればいいんだ?」
「話が早いのは、なかなか良いですわ」
「そういえば、あなたのお名前を確認していませんでしたね。私はエレナ。この二人は、アンとマルタですわ」
エレナはフードを被ったまま、少年に似たような恰好をしているメイドを紹介した。
「ふーん。俺は、アルド」
「姓は?」
「そんなもんねぇよ」
「お嬢様。スラムに住む人間は、国に登録すらされていませんから」
エレナは、ああ、なるほど……そうでしたわね。と小さく頷いた。
「お嬢様は、本当に興味がない分野の知識が薄くなりがちですね」
「優先順位が低い情報でしたので。そのようなものに割く時間は無駄ですわ」
アンからエレナはアルドと名乗る少年へと、視線を移した。そうして、上から下まで一通り観察したあと少年に尋ねた。
「では、契約内容についてお話いたしますわ」
「おう」
アルドは緊張した面持ちで、エレナを眺めた。エレナはフードを深く被っており、アルドからは、その表情を確認できない。
「私は、このスラム街の環境を変えようと思っていますの。あなたが私の役に立てることは何ですか。簡潔に述べなさい」
「……簡潔?」
「簡単にってことですわ」
アルドは、その場で考え込んだ。
このエレナと呼ばれる少女は、一体何を言っているのだろうか。スラムを変える、そんなこと、現実にできるわけがない。そもそも、素顔を見せないほど深くローブを被った、見るからに怪しい集団だ。
……いや、待て、とアルドは、先ほど握らされた数枚の鉄貨を思い出した。
この街を変えるなんて、どうせ無理だ。だけど、この連中が、ちゃんと金を払う奴らだってことだけは分かる……日銭くらいにはなるだろう。そう判断して、アルドは口を開いた。
「俺の一日を売る」
エレナは、こげ茶色の長い前髪から覗く、アルドの真剣な灰青の眼差しを、真正面から受け止めた。
「⋯⋯おもしろいですわね。あなたの一日に価値は、ありますの?」
「この街は全部知ってる。誰が信用できるかも知ってる。エレナたちは目立ちすぎる。俺なら、目立たない。何をしようとしてるのかは、わからないが。必要な人間は、わかる」
「⋯⋯自分の価値を理解している点は評価できますわ」
エレナは、無表情のまま話した。
アルドは緊張し、拳を強く握りしめる。
「とりあえず、あなたの今日を、お試しで買いましょう」
「報酬は?」
アルドの質問に、エレナは迷うことなく答えた。
「前金は、すでにアンが鉄貨数枚を、お渡ししてますから。……適正価格を日払いいたしますわ」
「……適正って何だ」
「それを今から調査します」
「……は?」
「市場価格を知らずに契約するのは非合理ですわ。では、このスラムをあなたの方法で案内してください」
アルドは、スリを行う前にエレナたちの行動を観察していたことを思い出した。こいつらは、何をしてた?なんだか、ドブを見ていたような……そう考えていると、アルドの中で何かが閃く。
「わかった、案内する。ついてきて」
そう一言だけ告げるとアルドは、歩み出した。
つづく
11話目に入りました。更新方法が初心者で定まらず申し訳ありません。
読んでくださって、ありがとうございます。第一章が終わるまでは、毎日更新予定です。
アルドのエレナに対する感情の変化もお楽しみいただけたら嬉しいです。
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