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スカイピース〜空のレーサー〜  作者: 御影のたぬき


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第12話 練習走行

 練習走行の朝、ピカトは4時に起きた。


 ジールが目を覚ました時、ピカトはすでにスラスターを広げて、作業台の上で最終確認をしていた。


 ランタンの光の中で、部品が整然と並んでいる。


「早い」


「確認が終わってない」


「何時から起きてる」


「4時」


「何時間作業してる」


「3時間くらい」


 ジールは起き上がった。


 ピカトの横に立って、部品を見た。


「何かあったか」


「問題はない。問題がないことを確認してる」


 その区別が、ピカトには大事だ。


 問題がなさそう、というのと、問題がない、というのは別物だ。


 ジールには、長い付き合いでそれがわかる。


 朝食を食べて、荷物をまとめた。


 スラスターと工具一式。


 ピカトが全部、チェックリストで確認した。


 漏れがないことを確認してから、出発した。


 スカイピースの外縁区画に、外部枠専用の入り口が設けられていた。


 一時IDをスキャンして入る。


 シンカが待っていた。


 今日は少しだけ表情が違う。


 緊張、というより、真剣な顔だ。


「準備はできてるか」


「できてる」


「コースの説明を先にする」


 シンカが端末を出して、コース図を表示した。


「スカイラッシュのコースは全部で7区間ある。ビルの谷間を抜けるスラローム区間が2つ、高速直線レーン、上昇区間、エネルギーリングを通過する区間、下降カーブ、そして最後の立体カーブだ。外部枠の練習走行は、本日は第4区間から第7区間のみ。最初の3区間は今日は走れない。本番用に覚えておけ」


「第4区間から、ということは」


「高速直線レーンから入る。最高速度区間だ。ウォームアップなしで入ることになる。準備できるか」


「できる」


 シンカがピカトを見た。


「整備士は地上の観測ポイントから確認してもらう。コース上には入れない」


「わかってる」とピカトが言った。


「通信はどうする。ジールのイヤピースに繋げたい」


「公式周波数じゃなければ使える。俺も別に通信機を持つ。3者で繋がる」


 ピカトが頷いた。


 手早くイヤピースの設定を確認した。


「準備できた」


 高速直線レーンは、スカイピースの中層高度に設定されている。


 地上から見上げれば見えるが、近くで見るとまるで違う。


 コースを示すエネルギーラインが空中に引かれていて、その幅は30メートル。


 両側がビルの壁だ。


 30メートルという数字を聞いた時は余裕があると思ったが、実際に入ると狭い。


 速度を上げれば、壁が近くなる感覚がある。


「準備が整ったら言え」とシンカがイヤピース越しに言った。


「俺は並走する。お前のペースに合わせる」


「シンカも走るのか」


「安全のためだ。初めて上のコースを走る人間を、一人で入れるわけにいかない」


 ジールはスラスターの出力を確認した。


 ピカトが最終チェック済みだ。


 問題はない。


「行く」


 スラスターを噴いた。


 最初の加速で、すでに感覚が違った。


 アンダートークとは空気が違う。


 配管も電線も廃材も、何もない。


 抵抗になるものがない。


 純粋に前だけに進める空間だ。


 速度が上がる。


 上がる。


 スラムレースの全開加速とは、スケールが違う。


 あちらは障害物を避けながら加速する。


 こちらは何もない空間を、ただ前に行ける。


「第4区間、中間地点」


 シンカの声がイヤピースに来た。


 並走している。


「速度は?」


「体の感覚で450くらいか」


「計測では470だ。初めて上のコースを走る人間の速度じゃない」


 ジールは速度を上げた。


 体が後ろに引かれる。


 Gが来る。


 視界の端が少し狭くなる感覚がある。


 でも、意識は飛ばない。


 心臓が追いつかなくなる感覚はない。


 どこまでも行ける感覚だけがある。


「ピカト」


「聞こえてる」とピカトの声がした。


「速度は安定してる。スラスターの出力均一。問題ない」


「前を見ろ」とシンカが言った。


「第5区間のエネルギーリングが見える」


 見えた。


 空中に3つのリングが並んでいる。


 それぞれ直径5メートル。


 3つが異なる高さと横位置に設定されている。


「リングを外れた場合はペナルティだ。ただし今日は練習走行だから記録はない」


「外れるつもりはない」


「言うのは簡単だ。この速度でリングを通過する時、進入角度の計算が必要だ。初めてだから――」


 ジールは考えずに入った。


 1つ目のリング。


 速度を維持したまま、体の傾きで進路を少し変えた。


 リングの中心に向けて。


 通過した。


「――計算しろと言う前に入ったか」とシンカが言った。


「2つ目」


 2つ目のリングは高さが高い。


 上昇しながら通過する必要がある。


 スラスターの角度を調整して、速度を落とさずに上昇軌道を取る。


 通過した。


「3つ目」


 3つ目は最も横にずれている。


 横移動と前進を同時にやらなければいけない。


 スラスターの左右出力を瞬時に変える。


 通過した。


 3つ全部通過した。


 速度は落としていない。


「……お前は本当に初めてここを走るのか」とシンカが言った。


「初めてだ」


「リングの位置情報は事前に送ったが、この速度で全て通過するのは――ランキング上位の選手でも安定しない区間だ」


「体が決めた。頭で計算していない」


 少しの間があった。


「それが問題なく動く、というのが一番厄介だな」


 ジールには意味がよくわからなかったが、シンカの声に何かが混じっていた。


 驚きとも、認めるとも取れる何かが。


 第6区間の下降カーブを過ぎて、第7区間の立体カーブに入った。


 問題はここだと、ピカトが言っていた。


 時速600キロからの急旋回。


 コースの壁が内側に迫ってくる。


 遠心力が外に引っ張る。


 スラスターの出力を制御しながら旋回し切らないと、コースの外に弾かれる。


 ジールは速度を落とした。


 落としながら旋回に入った。


 遠心力が来た。


 今まで感じたことのない強さだ。


 スラムレースの急カーブとは比べものにならない。


 体の全部が外側に引かれる。


 視界が少し赤くなる感覚がある。


 でも、耐えた。


 旋回の途中で速度がさらに落ちた。


 出口が見えた。


 そのまま直線に入って、速度が戻ってきた。


「第7区間通過」とシンカが言った。


「速度は落ちたが通過した。減速量は?」


「感覚で400を切ったかもしれない」


「計測では380だ。旋回前が560だったから、180の減速だ」


「大きいか」


「トップ選手は120程度に抑える。60の差がある。ただし――お前は初めてで、この速度で通過した。2回目以降は縮まる」


「オーバードライブを使えば」とジールが言った。


「減速を最小限にできる。旋回を高速のまま通過できる可能性がある。でも、その判断は俺にはできない。お前の体次第だ」


 ピカトの声がした。


「今の立体カーブの通過データ、取れた。帰ってから見る。オーバードライブを使う前提でシミュレーションしてみる」


「頼む」


「1つだけ言っておく」とピカトが言った。


「今の走りで、シンカさんにどのくらい近づけそうか聞いていい?」


 シンカに向けた質問だ。


 シンカが少し間を置いた。


「オーバードライブなしで今の走りが続けば、上位には入れる。ただし、俺との差は――機材と経験値の差だ。正直に言えば、今のままでは届かない」


「オーバードライブを使えば」


「可能性は変わる。ただし、使いこなせることが前提だ。未経験の機構を本番で初めて使うのは、リスクが高い」


「わかった」とピカトが言った。


「参考にする」


 練習走行が終わって、3人で外縁の施設に戻った。


 シンカが改めてジールを見た。


「データを確認した。上のレーサーと比較しても、体の反応速度と空間認識能力は最上位だ。機材さえ整えれば――」


「機材は整ってる」とピカトが言った。


「俺が用意するという話じゃない」とシンカが言った。


「ただ、スラスターの性能だけじゃなく、走り方の引き出しが増えれば、もっとタイムが縮まる。残り1週間、できることはある」


「教えてくれるのか」


「対価は求めない。ただし、断る権利もある」


 ジールはピカトを見た。


 ピカトが少し考えて、頷いた。


「受ける」とジールが言った。


「ただし、スラスターの調整はピカトがやる。お前には触らせない」


「当然だ」とシンカが言った。


「整備士の領域には入らない」


 ピカトが満足そうに、しかし顔には出さずに頷いた。


 帰り道、2人でアンダートークに戻った。


 外縁のゲートを出た瞬間、いつもの空気に戻った。


 機械油の匂いと、廃材の匂いと、人間の匂いが混ざった空気。


 管理されていない空気。


「どうだった」とピカトが聞いた。


「速かった」


「私に言う感想じゃない。あなたが走ってどうだったか」


 ジールは少し考えた。


「楽しかった」


 その言葉が出てから、自分でも少し驚いた。


 楽しい、という感情を走ることに対して使ったのは、久しぶりだった。


「走ることが楽しかったのは、スラムレースの最初の頃以来かもしれない。最近は、仕事として走ってた」


「そうだったね」とピカトが歩きながら言った。


「スラムレースはいつから、勝つために走るようになった」


「気づいたらそうなってた」


「スカイラッシュは違う?」


「違う。勝てるかどうかがわからない。だから、今のところはただ走ってる感じがある」


「それでいい」とピカトが言った。


「結果は後でついてくればいい。今はまず走って」


 ジールは、その言い方が好きだった。


 1週間後、本番がある。


 でも、今日の走りの感覚がまだ体に残っていた。


 あの速度、あの空間、あの感触。


 もっと速く走れる。


 体がそう言っていた。


 言葉じゃなく、体が言っていた。

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