第40話 《天に手が届く化け狐の一族》天に物申すことを許された一族
大妖怪で最強の奉公屋だった輝龍――その強さを疑う者はいなかった。
けれど、既に亡くなっていたのだ。《封印》が、彼女の限界だった。
そして、大妖怪で輝龍の夫――爝火も又、別の一件で命を落としていた――地上最高峰の灯火は、とっくに消えていたのだ。
七区を打ち滅ぼしたのは、爝火ではなく、弟の篝だった。
その新事実を聞かされて、瀬奈たちは、初め絶句した。
しかし、龍絵が、呆然とする瀬奈にかわって聞き返した。
「爝火さんも死んでたの?」
「うん、父さんは、亡くなってた」
答えたのが、実の息子ことりだったので、皆は一瞬息を呑んだ。
「仕方ないよ。誰だって、死ぬ時は死ぬんだよ」
ことりの言葉には、誰も、何も言えなかった。
しかし、場違いなほど美しい、凛とした声が周囲に響いた。
「わたくしは、あなた方に手を貸すことは出来ません」
突き放すような冷淡な微笑に、閻魔の遣い、魔女ばあさんの冷酷な冷笑がちらついた。
「そんな……約束と違います!」
瀬奈が声を張り上げると、炎の神さまは、高らかに答えた。
「わたくしは、爝火さまの炎を鎮めるという約束を、あなたと交わしました。けれど、爝火さまは、今は亡き御方。鎮める炎もありません。約束は反故になります。試験は、自力で遣り遂げるように!」
理屈は正しいが、あまりにも情がない。
子供たちは、それぞれ隣同士、互いに顔を見交した。
皆、絶望的な表情を湛えて言葉に窮した。
「これが試験だなんて、あんまりだわ!神さまが、十二に満たない子供の大ピンチにそっぽを向く、そんな無慈悲が現世にあっていいんですか?」
口火を切って、文句を言ったのは知世だった。
「確かに、私たちに非があったのは認めます。私たちが間違っていました。でも、こんな試験内容は、酷ではないでしょうか!」
責めるような口振りに、結花も意気込んだ。
「先ほど、瀬奈たちが戻る前に、先生から真実を告げられました。試験を受けるのは、私と知世だけです!瀬奈たちを巻き込む必要があるのですか?お叱りは、私と知世が受けます!」
そう言って、瀬奈たちに「逃げて!」と、目で合図を送ったが、ことりたちは首を横に振った。
「君たち二人で切り抜けられる難関じゃないよ!見捨てられるわけないだろ!先生たちは、君たちが大怪我しようが、死んでしまおうが、かまわないと判断したんだ!頭の中、腐ってるよ!僕は逃げない!一緒に戦う!」
奏も同意して頷いた。
「奉公屋は正義の味方じゃない!平気な顔をして、お年寄りも子供も殺すんだ!先生たち熟練の奉公屋だって同じだよ。これが上層部の決定なら逆らえない。僕らで倒すしかないんだ!封印を解いた時、七区の元大頭が死ぬか、僕らが死ぬか、どちらかだ!僕も逃げない!」
「あたしも!親友を置いて逃げられますか!」
瀬奈が、ふんふんと鼻息を荒くした。
「右に同じです!」
龍絵と秋人が声を揃えると、木の葉も、結花と知世を見据えて、苛立った声音で宣言した。
「尻尾巻くくらいなら、一緒に死んでやるよ!おまえら、アホだろ!俺らが、仲間置いて逃げ帰る薄情な人間に見えるか!」
「わたしも帰らない……死ぬのは嫌だけど……」
ランも、カティと手を繋いで正直に言った。
「僕も死にたくない!」
力強く言って、カティは懐から手天の飴玉と、天代のチョコを一つずつ取り出した。
ぱっと狐にもどると、天代のチョコをひょいと頭に乗せて、ひゅんっと一瞬で炎の神さまに近寄った。
後ろ足で立つと、前足にチョコを落として、恭しく差し出した。
「炎の神さま、どうか願いを叶えてください。この飴玉に、炎の神さまの力を注いで下さい。少しでいいです、炎を分けて下さい!」
この突飛な思い付きに、瀬奈たちは目を見開いたが、炎の神さまが一番驚いた。
「なんという試みでしょうか!手天の嫡子の願い、退けることは、神とて出来ない話です《天に手が届く化け狐の一族》天に物申すことを許された一族。そなたが、いずれ手天の長となるならば、手助けは出来ませんが、願いを叶えねばなりません。これに関しては、姉さまも口出し出来ないでしょう。わたくしの炎を使うと言うのですね?わかりました。その望み、わたくしが心をこめて叶えましょう。勇敢な未来の長よ、この結末、しかと見届けましょう」
炎の神さまは、チョコを受け取って口に入れた。
舌の上で溶かすと、今度は飴玉を受け取って呑み込んだ。
二、三回、舌の上で転がすと、ふっと右の掌に吐き出した。
「一つ教えましょう」
赤く輝く飴玉を掌で転がしながら、炎の神さまは、ことりたちを見た。
「天代のチョコは、太陽の光で固めてありますから、わたくしの炎と万物を照らす光が相俟って、普通の何倍も強い炎となります。これに呑まれるようでは、扱うことなど到底出来ませんよ。失敗すれば命はありません。それでも望みますか?」
「はい!」
間髪入れずに答えたのは、ことりだった。
「……そなたが?」
炎の神さまは目を丸くして眉を寄せたが、カティが拝礼して両手を伸ばしたので、何も聞かずに炎の飴玉を手渡した。




