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第28話 「参加するかどうかは、三人で決めといで」



トイは、こってり油をしぼられた。

小菊と静花は、代わる代わるトイに説教をした。


「肝に銘じなさい、妖怪が、妖怪を殺していいという法はありません。先程トイ君がしでかしたことは、立派な犯罪、殺人です。あの魔女は、閻魔の遣いでした。この一件が知れたら、地獄の怒りを買うでしょう。今回だけは、私たちが対処します。大蛇おろち山に隠居された嵐山らんざんさまに頼んでみましょう」


「あんたの両親が、妖怪に殺されたことは知ってたよ。前に、おばばから聞いた話だ。あんたのことは、そりゃあ気の毒に思うさ。だからといって、妖怪に危害を加えてかまわない、そんな浅はかな考えを持っちゃいけないよ。命だ、いつ何時だって重い」


 秋人と龍絵は、身を寄せ合って、叱られて縮こまるトイを穴のあくほど見ていた。 

 トイの過去を、龍絵は、秋人に聞かされた。

 龍絵は、秋人以上に、複雑な気持ちになった。

 ランとカティも、龍絵に共感して、深刻な顔つきで聞いていた。

 かがりだけ、暇そうな顔で、呑気に欠伸をしながら尻をさすっていた。


 三人は、暗い面持ちで校舎を出た。

 静花から、今夜決行する、壮大な計画の詳細は聞かされたが、最後に「参加するかどうかは、三人で決めといで」と言われた。


 トイが、守衛さんに図書室の鍵を手渡して、お礼を言った。


「ごくろうさん、宿題は終わったかね。時間が掛ったねえ。ちょっと心配していたよ。月曜の発表は、ばっちりかい?」


 トイに騙された、人の良い守衛さんは、最後まで疑わなかった。

 ねぎらいの言葉をかけてくれたばかりか、帰りの心配までしてくれた。


「泊まって行ったら、どうかね。明日は、おや、今日になっているけれど」


 守衛さんは、真鍮腕時計を見て、日づけを訂正した。


「土曜で休みだろう。君たち三人くらいなら、宿直室に泊めてあげられるよ。この雨の中、帰るのは危ないからね」


 気遣いを断ったのは秋人である。


「とんでもありません。これ以上、ご迷惑はかけられません。どうも、すみませんでした」


 丁寧にお辞儀をすると、二人を促した。

 龍絵は、いささか不服そうだった。ずぶ濡れになってまで帰りたくなかったのだ。


 しかし、秋人は何としても明け方までには家に着きたかった。

 母親には、バレたくない。

 トイも、秋人に賛成だった。

 リュックに隠した新聞紙が見つかるのは、どうしても避けたかった。


  三人は、赤・緑・黄色の、信号機のような傘をパッと広げて、大雨の中を急いだ。

  バスは、とうに終わっている。 学校前のバス停は、始発が六時だ。

  それまで四時間はある。

  バスに乗れば十五分か、二十分で帰れる道のりを、三人は歩く他ない。


  唸り声を上げて吹き荒ぶ風のせいで、三色の傘は今にも折れそうだ。


「新聞のこと、先生に知れた時は、僕が謝るから。アキは、謝んなくていーよ」


 トイが、傘の柄の、一番上の方を握り締めながら叫んだ。


「バーカ。持って帰れっつったのは、俺だろ?」


  秋人も叫んだ。叫ばなければ、お互いの声が聞きとれない。


  秋人は緑の傘を斜めに構え、両足を踏ん張って進んだ。

  後ろには龍絵がいる。

  ピンクの小花が散りばめられた黄色い傘を、地面と並行にさしていた。


  風力は強まるばかりで、垂直にすれば吹き飛ばされてしまう。

  三人は、懸命に前進した。

  トイは、胸にかけた赤いリュックサックを守ることに必死だった。

  傘で庇うのが、この場合は得策である。


  そういうわけでリュック以外、ほぼ全身ズブぬれになった。

  トイの癖毛は、普段ならウェーブかかったように大人びて見えるが、水で膨張する。

 水もしたたる美少年とはいかず、しおれたブロッコリースプラウトの束みたいな髪型になっていた。


 「僕が誘ったんだから、僕の責任だよ」


「付いてったのは、俺の意思だろ。ただな、てめーの趣味とやらに巻き込まれて、こっちは毎回、命がけなんだよ!」


 これは、あながち嘘じゃない。雷は今、雲の中でゴロゴロ鳴っているようだが、いつ頭上に落ちてもおかしくない。三人は、よほど運が良い。


「さっき、自分の意思だ、って言ったじゃないか」


  秋人は時折後ろを見遣って、龍絵が付いて来るのを確認しながら、歩を進めた。

 回復した龍絵が、二人の後ろから声を張り上げた。


「月曜日、みんなで謝りに行こうーよー。バレる前に、謝るべきだよー」


 真っ当なことを言ったが、突然強まった雨にかき消されてしまった。


 歩く度に、グッチョグチャ、グビチョグッ、水分を含み過ぎたスニーカーが不気味な音を立てた。


「アキは、勉強できるくせに、先を読もうとしないよね。こうなることは、目に見えてたじゃないか」


「おまえ、本当に腹立つな!」


「腹を立たれてもねぇ。僕は困る」


「困れ!困ってンのは、俺だ!」


 肌にぴたりと張り付いたTシャツが、何とも言えない不快感を与えていた。


 お互いの声を聞き取るのが、やっとという状況の中で、秋人とトイは、帰る間ずっと言い争っていた。


「タエまで巻き込むな!」


「心配症だね、アキ。タエちゃんが来るって言ったんだ」


「言わせたのは、おまえだろーが」


 話題の龍絵は、もう何も言わず黙々と足を動かした。

 二人のケンカは、いつものことだ。

 放っておいても問題ない。結局は仲がいいのだから。


 三人が『サマーハウス』に戻ると、時刻は四時を回っていた。

 日の出前の、一番闇が濃い時刻。

 天候のせいで、今朝は本物の夜のように暗かった。


 今日は、倍以上の時間がかかった。それでも、二時間以内で帰って来られた。

 ほっとしたせいで秋人は足が縺れて、トイを巻き添えにマンション前の泥たまりへ派手に突っ込んだ。

  龍絵は、真っ黒になった二人のTシャツに虚ろな目を向けていた。

  疲れすぎて、もうどうでもよくなっていたのだ。


  秋人とトイも、喧嘩する気力を失くして無言で立ち上がった。

  トイは、リュックだけ心配した。

  ビニールを被せてあったのは、やはり大正解だった。

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