第26話 人と妖怪の、命の重みに差を付けるな!殺せば犯罪だ
「こんなに大きい池を埋めるだって?」
魔女ばあさんも、驚いた顔をして龍絵を見つめた。そして笑い始めた。
「いっひっひっひひ。何を言い出すやら、おまえは人間の子供だろう?威勢だけは立派かい?ひっひっひ、いっひっひっ」
龍絵は、右ポケットから、紫色の飴玉を取り出した。
「手天のカティくんから貰ったの。特殊な製法で固めた飴玉よ」
すると、魔女ばあさんが、青ざめた。その反応を見て、龍絵が続けた。
「これを池に落とせば、立ち所に水が無くなる。火の神さまが、池の水を飲み干して下さるから」
トイが秋人を見ると、秋人は冷汗をかいていた。
「あいつ、何で持って来てんだ」
「手天って、東の山に棲む化け狐の一族?」
トイが心配そうに聞くと、秋人が答えた。
「ああ、誕生日プレゼントだ」
それを聞いて、トイが右ポケットから緑色の《チューブわさび》を取り出した。
秋人に聞きたいことはたくさんあるが、龍絵を助けるのが先だ。
「ちょっと待て!」
秋人が、トイの左手首を慌てて掴んだ。
「何で、そんな危ないもん持って来てんだよ!楠さんから貰ったやつだろ?ミステリー・スイーツ園芸部の副部長で西野小の生徒会副会長の、あの楠さんだよな?知世さんと、瀬奈さんが育てた毒草を使ってるんだろ?奉公屋の力を駆使して作った《地獄わさび》だよな!?」
トイは、秋人の右手を振り払った。
「妖怪殺しの一品だよ、魔女にも効くでしょ」
「殺す気か!?」
「妖怪を殺して何が悪いの?」
トイの冷淡な言葉、冷たい目に秋人はたじろいだが、絶対に阻止しなければならない、そう思った。
「人と妖怪の、命の重みに差を付けるな!殺せば犯罪だ。戦うなよ。戦いの先にあるのは、命の終わりと憎しみの始まりだ。何の価値もない因果を、自分でつくるな!そんなもんに振り回される人生を選ぶなよ」
秋人の熱い眼差しを見て、一瞬トイは怯んだが、秋人に衝撃的な事実を告げると、龍絵のもとへ突っ走った。
「僕の母さんと、父さんは妖怪だった。二人は、僕が一年生の時、妖怪に殺された。とっくの昔から、僕は振り回されてる。大事な命を奪われたことがあるから、妖怪を殺すのに罪の意識なんて生まれない。僕自身も妖怪だ!」
秋人は、トイの背中を、ぼうっと眺めた。
(そうか、だから叔母さんと暮らしてるのか。出生地を隠した理由は、これか)
秋人は、胸が痛んだが、納得もした。
しかし、今するべきことは、龍絵とトイを止めることだ。
「トイ、やめろ!!タエ、おまえもだ!!」
大声で呼びながら秋人も走ったが、秋人は、トイと違って本当に足が遅い。
(くそッ、トイのバカッ!騙してたのか!)
かけっこ四番は嘘だ、これでは龍絵を抜いて一番だろう。
龍絵も、窮地に陥ると本領を発揮する。
面倒なコンビのお守り役を、秋人は常に引き受けているが、今夜は最悪だ。
手天の飴玉と知って、魔女ばあさんは尻込んだ。
その隙を見て、龍絵が、紫色の飴玉を池に放り投げた。
実は普通の飴玉だったが、魔女ばあさんがパニックを起こしている間に、子供たちを連れて逃げようと、龍絵は考えたのだ。
しかし、トイと秋人に教えず来たのが悪かった。
「わしのスシ・ポンドがあああ!!!」
魔女ばあさんが叫ぶと同時に、緑色のわさびが如意棒のように伸びて、魔女ばあさんの大口へ飛び込んだ。
地獄わさびは、あますところなく絞り出された。
魔女ばあさんは、身の毛がよだつ甲高い奇声を発して、細長く鋭く伸びた爪で、血が滴るほど喉を搔き毟った。
そして、ぱたりと地に伏した。
無慈悲な最期を間近で見届けて、龍絵は硬直した。
子供たちも、あまりにも惨むごたらしい死に様を目の当たりにして、棒立ちになった。だが、トイは、したり顔だった。
秋人は、龍絵がぐらりと倒れる瞬間には、何とか間に合った。
両腕で受け止めると、龍絵は気絶していた。
意識を失ってくれたおかげで、発作は起きなかった。
秋人は、胸を撫で下ろしたが、悲しみ哀れむような顔付きで、トイを見た。
「俺たち全員で知恵を出し合えば、助かる道は他にもあっただろ」
切ない声音は、トイの心に全く響かなかったが、子供たちには届いた。
赤毛の少女が前に出て頷いた。
「試験は不合格だ。他の手を見つけて欲しかったねえ。奉公屋の力を学ぶ資格はないよ」
少女の背丈が、急に、ぐぐーんっと伸びた。
「あっ!」
秋人とトイは、同時に息を呑んだ。
「静花さん!」
長身の女は、漆黒の留袖を着て赤い高下駄を履いていた。
その隣で、水色のワンピースを着ていた女の子が、ぱっと真っ白な狐に戻った。
「ランちゃん!」
何が何だか分からずに、秋人は頭が混乱した。
しかし、トイは、小さな子供が悪戯を見つかってしまった時の顔をして、ぶすっとした。
(完全にしくじったよ!抜き打ちテストだったんだ!)
トイは、生まれて初めて舌打ちをした。
子ぎつねランの後ろにいた女の子が、これまたぱっと、十九歳くらいの女性に姿を変えた。これで天代の長女と次女が揃った。
「殺してしまったものは仕様がないわ」
赤い着物の袂が悲しそうに揺れた。
「小菊さんまで何でいるの!?」
トイが、責めるような言い方で尋ねた。
「最初からいたよ」
小菊の横にいた男の子が、真っ黒な狐に戻った。
「カティ!」
秋人とトイが、口を揃えて大声を出したので、龍絵が、パチッと両目を開けた。
龍絵は、秋人と至近距離で目が合ってびっくりしたが、何やらざわつく空気を感じ取って周囲を見た。
そして、絶句した。
ベテラン奉公屋の静花、天代のランと小菊、手点のカティまでいる。
この豪華な顔触れは一体どうしたわけか。
「やあ、また会えて嬉しいよ」
五人目の男の子は、金髪を揺らすと、一瞬で妖怪に戻った。
目が鋭く背の高い男だった。果して、この妖怪は年を取らないのか。
四年前と同じで人、彫刻のように美しい顔立ちであった。
「僕を覚えている?その節は迷惑かけたね」
龍絵の顔は、幽霊を見たかのように青ばんだ。
「篝さん」
ぽつりと呟くように言った。
龍絵は六歳の時、この妖怪に攫われたのだ。
失踪した父親を誘おびき出す為だと、一ヶ月も監禁されたが、結局父親は現れなかった。
龍絵を助けに来てくれたのは、探し当てて迎えに来てくれたのは、大妖怪の爝火だった。
爝火が、悪い妖怪に変わったという噂が流れても、龍絵は信じなかった。
あの日、「迎えに来たよ、一人で頑張ったね」と優しく微笑んでくれたのは、温かく抱き締めてくれたのは爝火だった。
絶対に理由があるのだと、龍絵は固く信じた。
「おまえ!あん時、タエを攫ったやつだろ!」
秋人は、庇うように、龍絵を背に隠した。
トイが知らない話だったが、秋人と同じように、龍絵の前に立った。
「どこぞのお姫さまだね?」
篝が、バカにしたように言うと、カティが、篝の右尻に思い切り噛み付いた。
続いてランも、左尻にがぶりと食い付いた。
「いっててててっ!」
悲鳴をあげて取り乱す無様な姿を見て、秋人もトイも、少しだけ胸のつかえがおりた。
静花と小菊も、大笑いしながら見ていたが、いつまでたっても、二匹が噛み付いたまま離れようとしないので、静花が言って聞かせた。
「あんたたち、いい加減放しておやりよ」
それでも言うことを聞かないので、龍絵が、秋人とトイの後ろから、ひょこっと顔を出して止めた。
「ランちゃん、カティくん、もういいよ。私、とってもすっきりしたよ。ありがとう」
龍絵の笑顔を見て、二匹は口を離した。
そして、ヒュンッと風をきって、龍絵のもとに飛んできた。
「タツエお姉ちゃん久しぶり」
「タエ姉ちゃん久しぶり」
龍絵は、屈んで微笑んだ。
「久しぶりだね。元気だった?」
龍絵が聞くと、二匹は交代に喋った。
「うん!わたし、今日、過去に行ってきた。静花さんの赤い車に乗っちゃって、さっき戻ったよ」
「ランちゃん、結婚するのが嫌で、家出してたの」
「おばばさまに会ったよ」
「ランちゃんは箱入り狐だから、お屋敷は大混乱になって、手天にも捜索の依頼が届いたの。僕も探すの手伝ったよ。西の山も東の山も、朝から大騒ぎだったの」
龍絵は、目を丸くして聞き返した。
「ランちゃんが結婚?家出?」
「見つかって、ほっとしたわ」
小菊が返事をした。
「大化阿さまの命令で、ことり君と結婚させられそうになって。それで、この子ったら家出しちゃったのよ。でも、これが大化阿さまの作戦だったみたい」
小菊の話を引き継いで、静花が説明した。
「あんたたちを止めにきたんだよ、間に合って良かった。魔女殺害は、防げなかったけどね。まさか、これだけ危険なモノを入手していたとは!油断したよ。今夜、あんたたちはミステリー・スイーツ園芸部に、手を貸すつもりだろ?作戦は、元より失敗だよ。これから、正しい作戦を教えるからね」




