第20話 子ぎつねランは、家出中 4
これまで静花は、七不思議は創作だ、くらいにしか思っていなかった。
しかし、この話は、案外、情が移ってしまった。
それに不審な点が幾つもあって、気に掛ったのだ。
「おばば、それで?続きは?」
ランは、静花と違って、これ以上は聞きたくなかった。
こんな暗い話の結末を知りたくもない。しかし、語りは続けられた。
【樊籠小学校が創立されたのは、昭和になってからの事です。
それまで、そこは沼地でした。
ずっとずうっと昔、鬼の泣き声で、大雨が降り続いた後のこと、延暦寺から偉いお坊さんがやって来て、決して沼地に近付かないようにと、村人に注意しました。
そういうわけで、大人も子供も、近寄らなくなったのです。
その為か、学校が建つ前は、何の問題も起こりませんでした。
けれども、昭和二十七年、よそからやって来た若者が、そこに小学校を建ててしまったのです。
《樊籠》というのは、若者が、故郷の母を想って付けた名でした。
その時からでした、奇怪な出来事が起き始めたのは。
今はもう、使用禁止になっている北校舎の一階は、かつて理科室でした。
北校舎の完成後、子供達の間で、急に《妖怪肝試し》が流行り出しました。
夜がふけた頃、学校へ忍び込む子供が増えたのです。
そして、その子供たちが、姿を消してしまうという事件が起こりました。
いなくなったのは、一人、二人ではありません。
大人たちが、その事に気付いた時には、十人の子供の行方が分からなくなっていました。
子供がいなくなる場所は、決まって理科室だと、助かった子供たちは口を揃えて言いました。
学校の先生たちは肝試しを禁止しましたが、それでも子供たちが夜中に忍び込むのを止めません。
三人のうち一人が消え、戻ってきた二人は照らし合わせたように言うのです。
「ぼくたち、学校へなんか行っていません。昨夜は、三人でホタルを探しに行きました。」
「あたしも、それは覚えています。でも、気が付いたら、あそこへ立っていたんです。」
あそこと指さす場所は、理科室でした。
先生たちは皆、気味が悪くなって、お祓いを頼みました。
しかし、効き目はありませんでした。
満月の夜になると必ず、子供が理科室で消えるのです。
保護者の多くは、土地が悪いのだと言って、子供を転校させました。
実際、何人もの生徒が去って行ったのです。
誰も知る者はありませんでしたが、理科室の真下………そこに、鬼が隠した娘の遺体がありました。
悲しみに狂った鬼は、その黄金の瞳に、生きた娘の姿を映し続けました。
鬼は、娘が死んだことを受け入れられなかったのです。
ですから、今でも鬼の目には、生きた娘の姿が映っています。
娘は、ずっと、鬼に微笑みかけてくれます。
ですから、娘が死んでしまわないように、鬼は娘に、幼い子供の血を与え続けているのです】
静花は大人しく聞いていたが、複雑な面持ちになっていた。
(これは、七不思議というよりも怪談の類だ。それに、おばばが、実話だと言っていた。でも、まさかねえ)
突然、屋上に生温かい風が留まって、天と地が静まり返った。
ランは、この奇妙な静けさに息を詰めた。
(これって、もしかして、本当の話?)
ランも、信じ始めていた。
【学校を変えられなかった子どもの親たちは、いつ娘や息子が消えてしまうかと、恐れおののいていました。
そんな中で、伊庭左中という若い男性教員が、学校に赴任して来ました。
それからです、ぴたりと行方不明者は出なくなりました。
新しい教諭は、お祓い師というわけでも、寺の息子というわけでもありませんでした。
念仏を唱えたり、お経を読んだりも出来ません。
伊庭という先生がしたのは、問題の理科室に、子供の身代わりを置くことでした。
月に一度、決まって満月の夜です。
姿形を、一年生か二年生くらいの子供に似せた人形を、理科室の台の上へ置いておくのです。
そうすると、次の日には、人形は消えていました。
左中先生は、人形が児童の代わりになってくれたのだと、先生たちには説明しました。
先生たちも保護者も、みんなが安心しました。
問題はこれで解決した、そう思ったのです。
しかし左中先生は、校長先生に申し出ました。
「この敷地は、子育てに相応しい場所ではありません。どうか、別の地に学校を建て直して下さい。ここは、更地に戻すべきです」
これに腹を立てたのが、初代の校長先生でした。
校長先生は、左中先生を疎ましく思い、たったの一年で余所へ移してしまいました。
樊籠小学校を去る時、左中先生は校長先生に、こう言い残しました。
「僕がいなくなった後も、満月の晩には今まで通り、子供の形代を置いて下さい。僕は、《奉公屋の務め》を果たしましたよ。校長先生、僕を追い出すと決めたのは、あなたです。後の責任は全て、あなたが受け持つこととなりますが。それも運命と思って下さい」
校長先生は、不快な顔になって言いました。
「おい、君。生意気な口を利くのも、大概にしないかね。運命とは、どういう意味だね。奉公屋とは、一体なんの仕事かね」
左中先生は、それには答えませんでした。
「………十年は、安心できましょう。有難いことに、ここには、大化阿様の御弟子さま、おばば様が、おられます。交渉しておきましたから、十年間の猶予があるうちに、更地にするか他へ移すか、お決めなさい」
それは、校長先生に対する物言いではありませんでした。
校長先生は大変怒って、叫びました。
「何の話だ!おおばあさま?お弟子さま?それは、どんな奴らなんだ。勝手に住み付いて貰っては困る。ここは、わたしの学校だ!」
しかし、一体いつの間にそんな遠くへ行ったのか、左中先生の姿は、見えなくなっていました。
校長先生は、益々かんかんになって、先生たちに愚痴をこぼしました。
「こうは言いたくないけれどね、しかし、つまるところ、伊庭先生は良い先生ではなかったように思えますな」
それを聞いて、先生たちは首を傾げました。
皆が口を揃えて、校長先生に尋ねるのです。
「誰のことですか?」
「そんな先生いましたか?」
「今度、来られる先生ですか?」
校長先生はびっくりして、キツネかタヌキにでも化かされたのだろうか、と思いました。
どこまでが本当で、どこまでが幻だったのか、わけが分からなくなりました。
けれど、左中先生の言った通り、子供の身代わり人形だけは、忘れず置き続けました。
そして、その十年後、校長先生は亡くなりました。
家に押し入った盗人に、殺されたということでした。
けれども、誰もが知っていました。
盗人では、ありません。
なぜなら、校長先生の亡骸には、首が無かったのです。
切り口は、大きな獣に噛み千切られたようであった、と伝えられています】
「ひいいーっ」という叫び声が、一つ上がった。
「もう、やめよう。いやだよ、こわいよ」
ランは必死に訴えた。静花も頷いた。
「ありがとう、おばば。こんなにも熱心に語ってくれて、本当に感謝するよ。でも内容が、ちょっと、あんまり、子供向きではないかもしれないねえ」
それに、この怪奇話は本物だ。それが、はっきりと分かった。
奉公屋ならば、伊庭左中の名は、誰もが知っている。静花の母、輝龍の両親は大妖怪だ。
左中は既に故人だが、ある日突然、輝龍の父親のもとを訪れて、奉公屋になりたいので稽古をつけて欲しい、そう言って大妖怪に弟子入り懇願した男。
その昔、下界が誇った最強の奉公屋、《最高奉公屋》であった。
「懐かしい名を拝聴できたよ。その偉業も初めて知った。だからこそ、この話は、子供に語れない。エサに使えないよ」
奉公屋としての直感が働いた。奉公屋に興味を持たれては困るのだ。




