第21話 過去から過去へ 前編
「ねえ、おばば、この実話は、奉公屋を育成する小学校、西野小学校と関係があるんだね?」
「です」、「ます」調の御伽話は、十歳の少女たちには、子供っぽく思われるかもしれない。
しかし、目の見えないおばあさんの登場で、事態は一変するだろう。
老婆に恋した鬼と、鬼に救われたお婆さん。
お婆さんが、恋する娘に変わる時、少女の心を掴むだろう。
語り手が巧ければ巧いほど、化ける話である。
「恋物語には、どんな少女をも引き込む魔力がある。叶わぬ恋であればあるほど、身を焦がすほど熱い恋であれば、尚更、乙女心は、くすぐられるものだよ。この話は、奉公屋に興味を持たせる為のエサだろう?夜の校舎に興味を持たせる為じゃない。牛若丸と弁慶は、カモフラージュだね?広く知られる名は、子供の胸に入り易い。一体誰が、七不思議に定着させたんだい?」
ランは、静花を見上げて、ぶるっと震えた。
その表情は、あまりにも険しかった。
「あたしは、人間の子供たちを、奉公屋にさせたいわけじゃない。女の子なら、特にそうだ。樊籠小学校には、奉公屋の存在を知ってしまった人間たちが、自分の子供を入学、転入させていると聞いていた。けれど、奉公屋を勧める為の学校とは聞いていない。まさか、奉公屋の企みじゃないだろうね?」
「静花、おまえさんは、実母譲りの優しい子だよ。すまないねえ、今回は、大事に巻き込んじまった」
おばばが、ランへ目を遣った。ランはドキリとした。
「てんで気付いてないようだから、言うけどねえ。静花、おまえさんは今、過去に来とる」
老婆が、真っ黒い前歯を見せて笑った。
口は耳まで裂けて、ランを一呑み出来るほど大きかった。
「そりゃ、どういうこったい?」
静花が目を剥いて、おばばとランを交互に見た。
「京の天代は知ってるね?化け狐の一族だ。この子は、次女じゃろうて。小菊の妹だよ。『過去の道に通じる能力』を使って来たね?」
「ワザとじゃないよ!」
ランは、無我夢中で無実を訴えた。
「青だった!でも、赤い車に撥ねられそうになって、狐に戻ったの。そいで、車の上に乗っちゃった。本当よ!」
おばばは頷いて、静花を見た。
「分かってるさね。静花、おまえさん、いつスピード狂になったかね?」
「なってないよ!そんなばかなこと、するもんか!」
静花が困惑した表情で嘆いた。
「葬式の後だよ。帰り道、突然、車が走り出したんだ。ブレーキも効かなくなったのさ。それに、なぜか、ここに来なくちゃいけない気がして」
そこで静花は押し黙った。
そして突如ぎょっとして、おばばを見つめた。
「あたしは、何で、おばばと喋ってるんだい?あたしが出席したのは、おばばの葬式だったのに」
老婆は大きく溜息をついた。
「はあ、ようやく術に気付いたか。これだから困ったもんだ。おまえさんが心配でねえ。最後に心残りだったのさ。まあ、早い話が逢いたかったんだよ、愛弟子にね」
おばばは、目を細めて静花に告げた。
「天代の一族には、ちと恩がある。青信号で、ランを車に乗せる役目、誘拐する大役は、爝火が務める筈だった。七区の企みさ」
「七区だって!?爝火が手を貸す理由は!?」
静花は、心底驚いて尋ねた。
京の七区を知らない化け狐はいない。ランでさえ知っている。
悪名が高く、地獄の鬼より質が悪い、卑劣な連中である。
「死ぬ前の晩に情報が入ったのさ。天代を助けてやりたいが、死にゆく身。力もあるまいて。せめてもと、おまえさんに術をかけたのさ。天鬼没塔、この実話を鵜呑みにしてはいけない。牛若丸とは、当時、名を馳せた七区の大頭、ギュウジャクガンのことさ。弁慶とは、その妻、ワカチカのことさ。《慶》という漢字は、名付けでは《ちか》と読める」
ランは黙って聞いていたが、徐々に透き通っていくおばばを見て頭を下げた。
「亡くなった娘の名は、天。幼き頃、チハ様に山へ捨てられた。その天を助けた鬼は、ワカチカの手下だった。天と鬼は、互いに何も知らずに出逢った。その際、天は、自分を『おとのは』と名乗ったそうだ。それが誠か嘘か、後者と思うがね。静花、真意をはかる術は、おまえさんに伝授してある。後は………頼んだよ」
満足そうな笑みを浮かべつつ、すうっと消えて逝く恩師を見送って、静花は高らかに笑った。
「あははは!なあにが、力もあるまいて、だ!とんでもない大術だよ。あたしだって、死に目にあいたかったさ」
静花は下を向くと、じっと黒留袖を見つめて呟いた。
「過去から過去へ、か。一回目の祭壇に、美酒を供えといて大正解だったよ」
顔を上げた静花と目が合って、ランは頷いた。
「本当は優しいんだね。わたし、食べられると思った。からかわれたの?ねえ、どこからが過去だったの?青のとこ?」
ランは知りたがった。
「あんた、過去から戻った車に乗ったのさ。おばばは、一年前に亡くなった。あたしも、葬儀に出たよ。だから今日は、おばばの一回忌だった。それなのに、恩師の葬式に二度も出席しちまった」
「え?御葬式は二回あったの??」
ランが目をパチクリさせたので、静花は苦笑した。
「おばばはね、晩年は、大化阿様を手伝って、京で下界の妖怪たちを纏めてたんだよ。あたしは、今朝、おばばの墓参りに行こうと家を出た。それが、まんまと大術にかかった。いや違う、一年前から、かかっていたんだよ。あたしは、ちっとも気付かないで、車ごと、一年前の葬式へ飛ばされた。つまり、二回目の葬式へ行っちまったのさ。そうして、いつの間にか、戻っていた。折角戻って来られたのに、今度は、あんたの力で、またも過去へ連れて来られて、今この通り。思い出したよ、ちょうど満月の夜だった」
静花が、顔を見上げて丸い月を眺めた。
ランも、同じように夜空を見上げて、声を上げた。
「あっ、流れ星!」




