第16話 「帰りは、普通に帰られそうね」「さあ、どうだろ」
「随分と、ボロボロね」
小菊は、森から出て来たことりを一目見て、深く同情した。
「あなたの顔、悲惨すぎる」
小菊は、青い着物の袖口から軟膏のようなものを取り出すと、白く細長い指で優しく押し当てるように、両頬の傷に薬を塗った。
「昨日は、夕方になっても来ないから心配した。どう?話せる?」
小菊は、十九歳くらいの娘に化けて待っていた。
ことりは、こくりと頷いた。
モチノキが森へ引き返した直後、ことりは、急に両ひざがガクガクして、その場にへたり込んだ。しばらく物も言えずに、半ば放心していた。
その間に小菊は、ことりの胸ポケットの羽ペンに気付いて、すっと引き抜いた。
そして、ペン先を掌に押し付けた。
「………分かったわ、そんなことが………」
羽ペンは筆記の内容を取り込むだけでなく、その内容を相手に伝える機能もあった。
天代の羽ペンは、この世に五つしかなく、そのうちの一つを、ことりが所持している。
「手紙の内容は分かった。この手紙は、静花さまではなく、輝龍さまに渡すわね」
小菊は、羽ペンをことりに戻すと、ぱっと静花に化けた。
「どう?どこから、どう見ても静花さまでしょう?」
「うん、完璧だ。これなら、母さんの結界内にも入れる」
天代の小菊を、知らない妖怪はいない。
化けた姿は、本人に瓜二つ、それだけでなく能力も真似て扱える。
「お願いします。小菊さん、ごめんね、ランちゃんとの結婚を断って。僕、ランちゃんのことは、妹のように大切に思ってるから」
大妖怪の長男と化け狐の次女は、互いに結婚を嫌がった。
「謝らないで。ちゃんと分かってる。ただ困った事に、あの子、昨日の朝、家出したの」
「家出?箱入りお嬢さまなのに?」
ことりは、驚愕して目をぱちぱちさせた。
「そう。あの子ったら、時々大胆なことをするの。捜索中だけど、心配しないで。手天にも連絡したから、すぐに見つかる筈。あなたは、早く小守寮にお戻りなさい。ほら、赤目守りさんが、お友達と待ってる」
ことりが振り向くと、赤目守りが、子リスを肩に乗せて立っていた。
その隣にルームメイトが二人、心配そうな顔をして、ことりを見つめていた。
木の葉も奏も、寝たふりをしていたのだ。
ことりは、再び部屋を抜け出して森へ行く………簡単に想像がついた。
新しいルームメイトは、たった一度の脱出失敗くらいで観念するような、柔な性格ではない。これくらいは御見通しだ。
「帰りは、普通に帰られそうね」
「さあ、どうだろ」
赤目守りが、ことりを手招きした。
「武運を祈る」
「小菊さんも」
その帰り、どうなったかと言うと………。
「僕、最初から、この方法が良かった」
「あたしがいないと無理」
波乗りサーファーのように、四人は、樹々の上を滑って帰った。
おかげで、ことりは化け樹たちに礼を言う余裕があった。
しかし、なぜか森中に大きな笑い声が木霊した。
大笑いされたが、嘲り笑いではなくて喝采だった。
ことりに称賛の声を送る樹々もあった。
「わっはっはっはっ、よくぞ耐えた、輝龍の息子よ」
「はっはっはっ、昨夕と丸きり違った!勇敢だった」
「僕らが追い回している間、さんざん喚いていたのにね」
「ほっほっほっ、よもや泣かぬとは!父が爝火とは、誠であったか」
「頑張ったわねー。大変だったでしょう」
「ふふふっ、おつかれさま。おやすみなさい」
動物たちは、目をしょぼしょぼさせながら、一列に並んで空を見上げていた。
年老いた猿が、皆の思いを代表して、大声で怒鳴った。
「おい、小僧!二度と、眠りの邪魔をするでない!この次は許さぬぞ!」




