株主総会 そのさん
「では、本日の株主総会はこれでおわりにして、懇親会の方へ……」
そこで、一番前の席に移動していたアリサさんが立ち上がった。
「ぎちょー! 株主としての緊急動議を提案いたします。六十万八千株の株主としての発言です」
「は?」
CEOは戸惑っている。さっきの落ち着いた様子とは大違いだ。何このガキンチョは、と顔に書いてある。
「警備部長……」
「はい」
後ろのカーテンの隙間から、ごついて体格のハゲたおっさんが出てくる。
警備部の偉いさん――通称たこさんだ。自らたこさんと名乗っているのだから、そう言っても失礼ではないだろう。
「なんとかならんのか」
「と、おっしゃいましても、それは利益相反となりますので、いかんともいたしかねます」
「は?」
「先ほどの緊急動議も受けられたのですから、発言を許されるべきかと思いますが」
たこさんの無言の圧力で、社長はアリサさんに発言をうながす。
「緊急動議です。現社長の相良氏の解任、ならびに解雇を要求します」
会場がざわめく。
同時通訳が入るので、時間かかかる。
「先ほど、米国本社からの情報が入りました。米国司法省が、相良氏の逮捕を決定したそうです」
「え? なぜ」
「菊王商事時代にアゼルバイジャンでした贈賄に対し、米国で海外腐敗行為防止法違反との判定が下ったそうです。明日にも発表され、日本政府は犯罪者引き渡し条約にもとづいてただちに逮捕するだろうとのことです」
「そんなことがありうるのか。私はアメリカ国籍ではないぞ」
「菊王商事は米国で事業をしていますよね。そして、あなたが社長をしていた会社は米国の企業との共同出資です。すると、海外腐敗行為防止法の対象となります」
「それはどこ情報なのだね」とたこさん。
「お茶子ギルドの情報です」
キリッ。
「ならば、間違いはないだろう。あー、この場合、議長の交代も必要になるが…… この中で誰にしたらよいものか」
「副社長は、確か、昔、菊王商事にいたはずですね」
「ええ、わずか数年間ですが……」
「まずいな。多湖君はどうかね」
「自分はビル全体の警備統括の任務がありますので」
……そうか。たこさんって、本名をもじってるんだ!
「僭越ながら、伊藤事業部長、いえ、伊藤元事業部長がいいのではないでしょうか。議長は中立の立場ですし、もちろん議長に積極的に結論を誘導することはできません」
アリサが発言する。
「そうだな。それがよかろう」
明らかに火中の栗を拾いたくない経営陣によって、熊さんが呼び寄せられる。
「わかりました。議長の職務、承りましょう」
熊さんがのっしのっしと議長席に向かうと、社長はふるえながら席を譲る。
「では、これ以降、不肖この伊藤が議事進行を進めさせていただきたいと思います。ご異議はございませんか」
「いやもう、そこで手数をとるのは……」
「いえ、議長の委任は、ルクセンブルクの統括本部長からという慣例があのまして、一応確認を……」
「いや、向こうは真夜中だから」
「それに、採決だけだから」
「皆さん、よろしいですね」
てんやわんやである。
「えー、では、相良社長、菊王商事時代にアゼルバイジャンで起きた事件について、詳しく語ってもらえますか」
「詳しくも何も…… 向こうのトップに賄賂を贈ってボーキサイト鉱山の権利を買った、とそれだけの話だよ」
「菊王商事では、そのようなやり方が通例だったということでしょうか」
「通例も何も、資源がらみの世界じゃ、それが当り前じゃないか」
アリサさんが発言を求めた。
「で、あなたは社内でその事が問題になり、馘になった。それを若葉銀行が拾ってローエンタール商会の社外取締役に推薦した。当時はまだ会計士ギルドでしたっけ」
「……」
「実は、そのあたりまでは米国司法省もつかんでいます。あとは、ローエンタール商会への痛手をどう抑えるかですね」
「あー、その追究はまた別の機会に話し合うとして。まずは緊急動議の採決ですな」
熊さんが、はじめて議長らしいことをした。
会場からの追い出し、投票、そして可決。
株主からの判定は厳しかった。
若葉銀行は、相良CEOを見捨てた。
参考文献『喰い尽くされるアフリカ』38ページ




