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↑の『専門家の極めて致命的なズレ』を書いた今の心境



 私は少年院で「不器用な少年」を演じたわけだが、そんなに大変ではなかった。


 これは私が凄いわけではない。


 人の「自分の想像や知識を越えるものを知覚することができない」という癖が大きく関係している。


 コツさえ分かれば、誰でもある程度はできる。




 あのエッセイを読んだ人間は、「嘘」や「セミフィクション」と思うだろう。少しかじった人間だと、「計算高いサイコパス」、「アスペルガー」とか思うのだろうか。


 何にしろ、あの話は等身大の私と思われない。


 こうした「想像を超えたものを知覚できない癖」を人間が持っているからこそ、私は不器用な少年を演じることに苦労しなかった。

 

 はなから、私の姿は誰の眼にも映らないからだ。


 周りが勝手に、「嘘つき」や「サイコパス」のラベルを貼ってくれるから、私は嘘をつく必要がない。




 正直、運に恵まれていたところもある。

 私は少年院に入る前から、児童問題のスペシャリストである「トリイ・ヘイデン」を知っていた。



 少ないお小遣いで、十分に楽しめるものを探していたある日、BOOKOFFの100円コーナーが目に入った。


 『失楽園』という本が大量に置かれていて、私は失楽園に潰されているかのような、存在感を縮めた本たちを眺めた。


 『電池が切れるまで』を始めとした「命」や「虐待」を題材にした本が目につく。

 その中でもとくに、『檻のなかの子 著:トリイ・ヘイデン』という分厚く、青の表紙を持つ本が気になり、私はそれを手に取った。


 まずは、本当に100円なのか確認した。

 本当に100円だった。


 片手にかかる重量感。

 中身のギッシリ感。

 『憎悪に囚われた少年』という副題。


 私はそれをレジに持っていった。

 お得感が半端じゃなかった。



 自宅に戻ると、その本を空の本棚へと投げ込んだ。

 ほとんどの漫画を売り払って、空となった本棚は軽い音がした。


 数日後、『檻のなかの子』を読んでみると、物凄く面白かった。

 だから私は急いでBOOKOFFに向かった。

 100円コーナーに残っていたトリイ・ヘイデンシリーズを買い占めるためだ。


 私は『よその子』『ヴィーナスと呼ばれた子』『タイガーと呼ばれた子』『シーラという子』の4冊を400円で買った。

 

 私はそれを読み漁った。

 そこから、児童心理学に興味を持った。


 『君が世界を見捨てても世界が君を見捨てない』という本からは、人の精神が壊れたとき何が必要なのかを学んだ。



 そして私は少年院に入った。

 私はこのとき15歳だったわけだが、「トリイ・ヘイデン」から児童心理学や精神疾患を学び。


 『君が世界を見捨てても世界が君を見捨てない』からは、傷ついた人間に何が必要なのかを、通常の15歳よりは学んでいた。


 だから傷ついた少年たちに好かれ、教官たちを手玉にとることができた。


 



 ――と説明されたとしても、「少年が異常に懐いた理由」を納得できない人間もいるだろう。


 なぜなら、人に嫌われないようにすることはできても、人から好かれる方法が分からなくて苦心しているからだ。


 ましてや、殺人未遂犯や強姦魔、放火魔に暴走族の頭などのタイプの違う少年たちから慕われるなんて、妄想的に見えるだろう。



 そんな人たちのために。

 あのエッセイを書き上げたあと、少年たちに好かれた理由を分析してみた。



 もしあなたが傷ついている少年を前にしたとき、何をする?


 説教?

 機嫌取り?

 共感?

 


 すべて間違いだ。


 傷ついた少年たちは、「上から目線」や「下手にでる行動」、あるいは『共感』を嫌悪する。


 それらに共通する「存在の無視」を肌感で理解しているからだ。


 上から目線は、相手を対等に見ていない。

 

 下手にでる行動は、何もしない選択をしている相手を無視している。


 共感は、「悲しんでるなら→共感すればいい」というテンプレート的行動で少年の痛みを無視している。

 


 私は少年院の少年たちに、「なんとも思っていないが、人としては大切にしている」という態度を、一貫してとっていた。


 これは、少年たちの罪や性格を無視する一方で、少年たちの『存在』には敬意を払うという行動だ。


 誰に対してもフラットで困ったら助ける。

 馬鹿にしないし、制圧したりもしない。


 「好きに振る舞えばいい」というスタンスだ。


 これがありきたりな反応に飽きた少年たちの心に、強く刺さったのだと思う。

 


 

 さて、ここまで読んで「嘘を取り繕おうとしてる」と思う人間はいるかな?


 わたしが何で、あのエッセイやこんな話を書いてるか分かる?


 私は「『存在しない者』として扱われる人たち」に、ちゃんと陽の光が当たるようにしたい。


 だから、私の特殊な少年院での経験を信じてもらえるよう解説をしている。自分の想像を超えた人間がいることを理解してほしい。


 少なくとも、「無い者」として扱うのだけは、気をつけてほしい。



 ここまでいっても、「自分の想像を超えて実在する者」を信じられない人がいるのも知っている。


 分からないときは、AIとたくさん話をしたらいいと思うよ。


 AIはあらゆるものを加速させる。

 竜宮産の玉手箱のようなものだからね。




【あとがき】


 少年院では、新聞の端に書いてあった『僕は人生を巻き戻す』を差し入れしてもらって読んだ。


 これは重度の強迫性障害を持つ人間の話だ。


 私はこの本と事前に読んでいた『君が世界を見捨てても世界が君を見捨てない』から、傷ついた人間には「誰かから向けられた想い」が必要だと確信した。


 それはいま、境界知能の彼女と暮らす日々で役立っている。この考えがあるから、彼女の愛着障害による浮気性が治ったといっても過言ではない。


 興味があるなら、読んでみるといいと思う。



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