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上の続き。教育の階段、その具体例


 


 私の彼女は、イラストレーターになるべく、日々頑張っている。


その実状として、もう2カ月くらい絵が描けていない。


だが、これで良いのだ。



 2カ月くらい絵が描けていないのは、彼女がそれなりの病気を患ったからだ。もしここで、「イラストレーターになるなら、もっと描かないと」と発破をかけてしまったならば、彼女に無理をさせることになる。


だから私は、「絵が描けなくても、イラスト集を眺めてモチベーションを燃やしたり、手のストレッチやハンドクリームを塗ったりすることも、画力の向上に繋がると思うよ。」といった言葉がけをしている。


なぜなら、絵が描けないことで一番精神的な不安を感じているのは彼女であり、苦しいのは彼女であるからだ。


 発破をかける行為は、モチベーションが高く、実力も伴う少し怠け癖のある人間には有効だろうが、彼女のような、自分に自信が持てない初心者には向いてない。


それなのに発破をかけてしまうと、彼女に「上手くできない」という経験を積ませるばかりで、改善の仕方もわからないままに、自分の嫌な点ばかりが目に入ってしまう。


 それだけではない。


「こいつの言うことは信頼できない」という関係上のマイナスまでも発生してしまう。


 教育者である私がそんな様子では、彼女のイラストレーターになるという夢は叶わない。



◇

 彼女は小さな壁によくぶつかる。それは、線が対称に描けないことが分からないといったものや、集中すると目が痛くなる、テキストを押さえ続けるのは疲れる、といった他の人からすると小さな壁だ。


そうした小さな壁は、分度器やアイマスク、テキストを押さえる用のクリップで解決が可能であり、そうした問題の発生を聞いた場合、私は2時間後か次の日には道具を揃える。


これは「私が凄い」というつまらない話ではない。



 すぐに行動するのは、彼女と私の信頼関係をより強固にし、処理速度の遅い彼女に少しでも早い問題の改善策を提供するためだ。


彼女は処理速度が遅く、人より成長するスピードが遅い。小さな壁であったとしても、それを彼女1人で乗り越えるためには、1ヶ月から半年の時間が必要になる。


だからこそ、教育する立場にある私が介入し、道具という『階段』によって問題解決にかかる時間を短縮する。そうすれば、彼女の成長スピードは上がり、処理速度の遅さという課題を解決できるからだ。



◇

 観察による問題の言語化も成長するための階段として、明らかに役立つ。


 彼女は物を落とすことが多く、10代の頃にしていたバイトでは、手に持っていたお盆をお客さんの目の前でひっくり返してしまったという苦いエピソードがある。


彼女はそれの理由が分からず、「自分はできない人間だ」と自尊心を下げていた。


しかし、指の湾曲に注目し、その湾曲がどんな問題を抱えているのか説明されると、驚くことに、物を落としてきた苦い経験による自尊心の低下は完全に解消された。


なぜなら、「物理的に不可能な話だった」という観念を獲得したからだ。


彼女にした説明はこういったものだ。


「 これは物理の話なんだけど。指が湾曲していると、物を持ったときに接する指の表面積が少なくなるから、摩擦力が落ちてしまう。物の重さによって、それを持つために必要な摩擦力は変わるから、物を乗せたお盆みたいな重たいものは、その摩擦力が足りずに落としてしまったんじゃないかな。だから、〇〇の指は物理的に、少しだけ物が持ちにくいのだと思う。日常生活では問題ないだろうけど、指が疲れやすいのもそれが原因だと思うよ。」



 これはわざと「表面積」や「摩擦力」というワードを入れて説明している。


『摩擦』がどんな原理か知らなくても、それが科学的な「凄いもの」であり、何となく体感して「事実」であるから、彼女は私の話が分からなくても「説得力がある」と納得してくれるからだ。


 こうして、観察によって見つけた指の湾曲とその説明は、彼女の自尊心を大きく育てるための『階段』として機能した。


だから、育てる対象が何に困っていて、その困っていることに対して本人はどんな認識や情報を持っているのかを把握することは、大きな成長をもたらす『大きな階段』をかけるために必要な方法だと思う。



これは理想の話ではない。

実戦で『階段』を提供してきたという事実だ。






【あとがき】


 ハンドクリームを塗ることが画力の向上に繋がるという話は、彼女の病気が関係しているわけではない。


 皮膚の伸縮性を保つために、ハンドクリームを塗る。


 絵を描くときには「指」を使うわけだが、彼女が老いたとき、あかぎれや伸縮性の減少によって、「指を動かす」という動作に支障がでると私は考えている。


絵を描くというのは繊細な作業だ。


だから、「繊細な作業を行う指に支障がでる」ということは、画力の損失、あるいは停滞であり、それはいわば、画力の低下である。


つまり、そうした将来的な画力の低下というリスクを減らすためにハンドクリームを塗る。


 少し分かりにくかったと思うが、絵が描けなくとも、指先のケアやストレッチは、将来的な自身の画力を担保してくれる力になるという話だ。


描けなくてもダメではない。


いまの自分にできる、最小で大きな効果を生む方法を探せばいい。


「それだけが夢に繋がるわけではない」という視点の提供も教育者の仕事だと私は思う。


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