両親を殺害する計画を立てた子の話
私は魔界育ち(=地域環境が悪い)でありながら、少年院にも入っていた。おそらく一般的な人とは恐怖に対する感覚がズレている。
最近、世間を騒がせていた「人に火をつけた」といった怖い行いをした(とされる)人間に対しても、特に何も思わない。
魔界では、そういった言葉は関係が浅い状況で自分の立ち位置を主張するために使われる「あいさつ」みたいなものだ。
今回は、そんな『怖い人間』に対して感覚がズレている私が、唯一「コイツ、怖いな」と感じた田辺(仮)の話を書く。
同級生の田辺(仮)は普通の子だった。勉強は⋯⋯あまり得意ではなかったし、運動も得意ではない。
外見上は普通の子だ。
性格はとても穏やかで、会話の受け答えも柔らかいし、怒っているところも、イライラしているところも見たことがない。
◇
ある日、私は田辺と遊んでいた。遊んでいた場所は田辺の家の前にある道路だ。
ボールで遊んでいると田辺の母親が車で帰ってきた。「道路じゃなくて、家の中で遊びなさい」と言ってきた。
田辺は「分かった」と言い、すぐに玄関へと向かった。
田辺が玄関の扉を開けると中は薄暗かった。
電気も点けずに、リビングのソファで横になった田辺は、肘掛けから足を投げ出し、「なにして遊ぶ〜?」と聞いてきた。
私は「てきとうに遊戯王でもする?」と答えた。
田辺は「あ~、俺デッキ部屋にあるからとってくるわ。」と言ってソファから起き上がった。
◇
田辺が階段へ向かって行ったとき、ちょうど玄関から入ってきた田辺の母親が、「お昼ごはん食べた?」と田辺に聞いた。
すると田辺は、“苛烈”という言葉が負けてしまうほどに、一瞬で激情し、母親をまくし立て始めた。
豹変した田辺にはいつもの柔らかく、ゆっくりとした雰囲気は微塵も無く、細い目は見開き――呼吸をしていない――と思えるほどに矢継ぎ早な言葉を発し続けていた。
母親は下を向き、田辺が落ち着くのを待っているように見えた。
3分くらい経っただろうか。
田辺は気が済んだのか、ソファに座っている私に「やっぱ、外で遊ぼ。」と、少し怒気を含んだ言葉をかけてきた。
私と田辺は、ボールと帽子を持って玄関へ向かった。
田辺の母親は買ってきた荷物を黙々と冷蔵庫に入れている。結局、家の中に明かりは点かず、薄暗いままだった。
◇
外に出ると、背後から田辺の声が聞こえた。
「いや〜、やっぱ、親ってウザいねー。」
いつもの、のんびりとした田辺の声だった。
さっきまで、ひねり過ぎた蛇口から勢いよく噴き出る水のような激しい怒りを見せていたのに、いまの田辺からは怒りをまったく感じない。
「家から出る」という行動がスイッチとなって、田辺の怒りを完全に消してしまったようだった。
本当に別人のようだ。
私はこのとき田辺を「怖いな⋯」と思った。
そして田辺は、それから数年後に、両親を殺害する計画を実行しようとしたとして、しばらく学校に来なくなった。
◇
久しぶりに登校してきた田辺に事情を聞くと、「いや〜俺さ、両親殺す計画立ててたんだけど、親に計画を書いたノートとガソリンを買うために貯めたお金が見つかって、むちゃくちゃ怒られたんだよね。」と答えた。
いつもの田辺だった。
田辺は両親が寝たあとに、まずは一階で寝ている父を刺し殺し、母親の部屋にはガソリンを撒いて家に火をつけることを考えたらしい。
田辺自身は、2階にある自分の部屋でカーテンを使ったロープを作り、バルコニーから見える家の裏にある屋根に乗り移る計画だったそうだ。
田辺はニコニコしながら計画を語った。
その様子は、雑草をちぎり、手のひらでぐしゃぐしゃに丸めて遊ぶ、いつもの田辺だった。
◇
結局、田辺はその日を境に学校から消えた。
正直、何と言えばいいのか分からない。
『田辺の存在』が学校から消えたのだ。
誰も田辺の話をしないし、委員会に書かれた田辺の役割や靴箱に何の反応もない。
田辺と遊んでいた人間も、初めから田辺が居なかったように過ごしているし、田辺のためにある「机」は、触れてはいけない祠のように、そこに有るけど見てはいけない、といった禁足地のような扱いを受けていた。
みんな田辺をほんのり意識しているけれど――意識してはいけない――そんな空気が学年に涌いていた。
私は何度も田辺の家の前を通った。どの時間帯でも、田辺の家に明かりが点いていることはなかった。
表札はまだ付いているし、庭にはカラーBOXやスコップが置かれたままで、田辺の家の周りだけ、時が止まっているようだった。
田辺の消息は、いまも分からない。




