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他人は自分をイリヤから連れ出してくれる



イリヤとは、自分が作り出している世界のこと。


それは物理的な物ではなく、自分が認識しているものだけが集められた自分だけの世界。


たとえば、「私は〇〇と考えているから、他の人もそう考えているだろう。」や「食人願望=サイコパス」といった、自身の想像を超えたものを自分が分かるサイズや属性に置き換え、それが真実だと断じる行為は、他人が放つ複雑性を認識できない、自分以外を拒否する『閉じられた世界:イリヤ』にいると言える。


たぶん、本文は気楽なエッセイのはず⋯⋯。




 私は付き合っている彼女がいる。

 彼女は境界知能である。


 彼女は私と付き合っている。

 私は変な人間である。


 違うからこそ、楽しいと思えることが増えてゆく。



◇

 私は彼女が境界知能と分かったとき、「大変なんだろう」と考えた。だから、医師が書いているコラムなどを読みあさり、境界知能について多少知った。


しかし、2人の関係はいい方向に進まなかった。


そこから私は、『知能』そのものについて学び、さらには、未熟児の問題や脳と酸素の関係、高次脳機能障害(脳卒中などの後遺症)についても多少学んだ。


高次脳機能障害について学んだのは、「脳機能的にそれができない」という感覚がどんなものなのか知り、彼女の境界知能を少しでも理解するためだった。



やはり、2人の関係は上手くいかなかった。


――それもそうだ。


私は『境界知能』について詳しくなっただけで、“彼女に詳しくなった”というわけではなかったからだ。


境界知能は彼女の一部に過ぎない。


その一部についていくら詳しくなろうが、「私は彼女の全貌を学んでいる」という結果になるはずもなかった。


 学んだ知識が役に立たなかったというわけではないのだが、長時間学び、そして得た『境界知能』についての知識は、大海に小枝で挑むほどにしか役立たなかった。


そんな知識よりも、「彼女は何で気分が高揚するのか」「高揚した気分のパターンからその高揚度を測る」といった、彼女を観察して得た学びの方が、よっぽど彼女との関係に役立った。


彼女を観察するようになって、2人の関係は徐々にいい方向に向かっていった。

 


◇

 私は彼女を、境界知能として理解しようとした。だからこそ私は、『閉じられた世界:イリヤ』に囚われ、彼女の姿を見失ってしまった。


しかし、彼女は「学んだ知識では2人の関係は改善しない」という態度によって、私をイリヤから連れ出してくれた。


2人の関係性が改善したのは、彼女が放つ「私の認識に収まらない他者性」のおかげだ。




◇

 その一方で。


 彼女は自閉的だ。

 ゆえに、イリヤに囚われやすい。


 好きなコンテンツ以外は触れたくないし、ショックなことを経験すれば、「他人から攻撃された!(ToT)」と大きなショックを受けてしまう。


――が、いまの彼女は変な人間である私と関わったことで、自分の想像を超えた人間がいることを少しずつ学んでいる。


 

 ある日、私は彼女の横で風俗嬢が話し合っている動画を見ていた。しかし、彼女はそれをまったく気にしない。


なぜなら、私が風俗そのものにはまったく興味が無く、普段見られない人間たちの表情や喋り方、その力関係などを学んでいる、ということを理解しているからだ。


 彼女は、私が何かをしていたとして、それを見た目通りに解釈をしてしまうと、かえって疲れるということを知っている。



 もちろん酷なことばかりではない。


 

 アニメや漫画の話になるが、彼女が1番好きなアニメは『サイバーパンク: エッジランナーズ』というアニメだ。彼女は「ぽぴと付き合ってなければ絶対見てないと思う。絵が好みじゃないし。」と言う。



 来年は、鉱物を買いにミネラルショーに行く。


 彼女は鉱物に興味はなかったが、「宝石と鉱物の違いってなに?」という疑問を深掘りすると、“鉱物は自然が作り出した芸術作品である”という視点を知った。


いま彼女は「サーティワン・アイスクリームみたいな色の鉱物が欲しい」と言っている。



 好きなコンテンツ以外に触れたくない彼女からすると、こうした日常は想像を超えた現実だ。


お互いが相手に影響を与えることで、自身の世界が広がっていく様子は、イリヤから脱出するきっかけとなる。


 私は彼女がいなければ何かを理解することもなかった。彼女がいたからこそ、私は今の自分で居られるのだと強く思う。




【あとがき】


 私はいろんなことを浅く知っているし、いろんなことを考えるから、考えるための材料や道具がたくさんある。


けれど、それらが上手く扱えているか、と言われると、扱えていない実感が強くある。


今日、上手くできたものが、明日には酷くよれた物に見えたという経験がすごくあるからだ。


生き恥を晒して、今日を生きている。


 そんな日々の中で、エマニュエル・レヴィナスの『全体性と無限』と出会った(ここだけの話、難しくて数ページすら読めていない)。


だが、エマニュエル・レヴィナスが展開する他者論とイリヤについては、深く共鳴しているし、すごく大切なことだと思っている。



 私がそうして深く共鳴した人間たちは、エマニュエル・レヴィナス以外にも数人いる。


・Linkin Parkのチェスター・ベニントン

・ハンナ・アーレント

・カール・ポパー


これらの人物に共通することは、「世界が牙を剥いて襲ってきた」ということである。


チェスター・ベニントンは、家庭環境の劣悪さ。


ハンナ・アーレントやカール・ポパーは、『ユダヤ』としてナチスによる迫害を受けている。


エマニュエル・レヴィナスに至っては、ユダヤとして両親や兄弟、親戚一同が皆殺しにされている。



 私は彼らほどの体験は持たないが、終始、透明な存在として生きてきた。


母がパーソナリティ障害者であるため、母が理解しやすいように、著しく知識が足りない、か弱い姿を20年も演じ続けた。


母だけではない。義父や祖父母、兄弟、親戚など、本来であれば心を許せる血縁にすら、か弱い姿を演じて生きてきた。


彼らが普通ではない、私の姿に怯えるからだ。

だから、彼らが理解しやすい姿を演技した。


なにも楽しくない。

そこから抜け出したいまも、その後遺症が残っている。


人の視線やカメラの位置を把握して、無害な人間であるフリを無意識にしてしまう。


ポケットをまさぐり、物を無くして慌てているフリをしていると、ふと――私は何をしているのだろう⋯――と我に返るときがある。



 私はそうしなければ生きていけなかった環境や状況を、「世界が牙を剥いて襲ってきた」と認識している。だから、エマニュエル・レヴィナスなどの迫害を受けた人々に強く共鳴する。


共同体による自我や責任の希釈には寒気がする。


 これを読む人が何を思うのか私は知り得ない。

 だが、私がエマニュエル・レヴィナスたちと出会い、心に安らぎを感じたように、私の何かに共鳴してもらえたなら幸いだ。


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