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2026/08/16の0時に考えた、人の幻想の話



 私は他の人とはものの見方が違う。この真偽は置いといて、それを前提に話を進めるが、私はそうなった原因を『幻想を信じる魔法』が解けているからではないかと、ふと思った。


『魔法』とは、なんだかファンタジーな用語だが、私がいま考えているものを、どんな言葉で表せばいいのか、現時点では分からない。


だから、これを読む人が少しでもイメージしやすいように、とりあえず『魔法』という言葉を使って話を進めていく。




 どんな人間も生まれたときには、世界が過酷であることを体感していると私は思う。なぜなら、赤子の初期段階では、自力で移動することもできず、排尿・排便などにも自分で対処できない。


自分の主張を通すためには、逐一泣いて、誰かが自分の世話をしてくれることを願うしかない。


しかし、それがどういうことなのか⋯⋯誰かが世話をしてくれることで「世界は安全な場所」、「人間は信じられる」といった『魔法』にかかるようだ。


「誰かが世話をしてくれた→だから世界は安全な場所だ。」


この認識には、明らかな論理的飛躍がある。


 私は赤子に論理を求めているわけではない。こうした赤子の初期段階による論理的な飛躍によって形作られた結論が、大人になっても消えないことは変であり、その現象を私は「幻想を信じる魔法にかかっている」と言っている。



 これは発達心理学の愛着形成の話ではない。「愛着や献身を“きっかけに”『魔法(=端的に言えば思い込み)』が発動している」ということを話している。


そしてこの『魔法』は、周囲からの献身や年齢と共にさらに強まるようで、強力な魔法に守られた人間は、魔法にかかっていない人間や魔法が弱まっている人間の言葉を認知できない様子がある。


これは不思議なことだ。


 この魔法の有無が、誰かと誰かの世界を断絶させ、同じ世界(=土地)にいるのに、決して交わらない表と裏のような世界がそこに生まれているように見える。


(ちなみに、言うまでもないだろうが、私はいま、格差や階級といった話をしているわけではない。人間の認知の話をしている。)


「目の前にいるのに、そこにいない」とは、変な話だ。





 たとえば、私は歳を取って性欲が強まった女性を、死を象徴する棺桶と同種のものとして見てしまう。


これは、魔法による「性欲が強い女性=自分に利益がある好ましい存在」といった幻想が私に効いておらず、私は加齢により性欲が強まった女性の背後に、死が迫っている事実がそのまま見えてしまっている。


体感的に、このような捉え方をする人間はあまりおらず、魔法による「性欲が強い女性=好ましい存在」という幻想を見ている人が大多数なようだ。


おそらく、私が見ている世界に共感できる人間は少ないだろう。


しかし、あなたはいま、私の「加齢により性欲が強まった女性=棺桶と同種の死の象徴」という話を聞いたことで、魔法による幻想が一次的に弱まっているはずだ。


魔法は幻想を破ろうとするその動きを許さない。だから、何らかの理屈やラベルを使って、あなたを幻想に引き戻そうとする。


こうした魔法による完璧に近い幻想があるからこそ、人は目の前にいる魔法が解けている人間が見ているものを、認知できない。


あなたがいる表世界の、裏の世界に私はいる。




 私は人と物の見方が違う――のかは分からないが、今は『魔法』と呼んでいるか『ナニカ』を掴めれば、個人的には、何か面白いものが見つかるかもしれないと思っている。


この『魔法』とやらは、思い込み、刷り込み、認知バイアスと、片付けられる気はするが、私は「何がきっかけでその魔法は始まり、なぜ破れると元に戻らないのか?」といった始まりと終わりに興味がある。


それが分かれば、誰かのトラウマや愛着障害を癒すための、強力な武器になると思う。



 いずれまた。

 あなたも幻想の彼方へ帰ってしまうのだろうが、幻想を一次的に破った快感を、人は『カタルシス』と呼ぶ。


もしエロスの中にあるタナトスを見ることを継続できるならば、それこそが、真のカタルシスなのではないかと私は思う。





【あとがき】


 「性欲の強まった女性=死の象徴」という見え方は、加齢によるホルモンバランスの変化が、女性の体内で男性ホルモンを優位にした結果、性欲が強まっている、といった生物学的知見を知っているからでもなさそうだ。


知識を持っていたとしても、その知識と目の前にある状況を結びつける作用を『魔法』が阻害している節がある。



 私は以前から、何度か「人が食べ物リストに入っている」という話をしているが、それを中二病や気のせいと片付ける人間は、本文にある『魔法』という概念が正しいならば、「人間は円の外にはみ出ない」という幻想に強くかかっているのだ、と私は思う。


突き詰めると、人間はタンパク質と硬い骨という建材でできている。だから、鮫やチンパンジーなどからすると人は獲物に過ぎない。


人間は特別な存在でも何でもない。


「チンパンジーが人間の赤ちゃんを食べた」という話を聞いたとき、心にザラつきが生まれるのは、普段、幻想があなたを守ってくれているからだと思う。



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