表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星を運ぶ郵便屋  作者: 2番目のインク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/12

第2話 病気の母 ④見送り

ミユは大粒の涙をこぼしていた。


「お母さん……」


胸元の星を握る手が震える。


「今からでも、間に合うかな……」


メルトは静かに答える。


「私の配達はここまでです」


「会いに行ってください」


ルナが扉を開く。


ミユは走った。


星を抱えたまま、病院へ。


白い病室。


そこには、眠る母がいた……はずだった。


今にも消えそうな静けさの中で、呼吸だけが細く続いている。


ミユは足を止めた。


「……あれ?」


見慣れているはずの顔が、なぜか掴めない。


深く刻まれた皺。


白く染まった髪。


それでも、その寝顔にはどこか覚えがあった。


鏡を覗き込んだときのような、奇妙な既視感。


「……私?」


ベッドに横たわっていたのは、年老いた自分自身だった。


遠い記憶が、ゆっくりと像を結んでいく。


母はとうに、星となっていた。


そういえば、あの日から――


私の影は、ずっと薄いままだった。


震える手で、母から託された星を、自分自身の枕元にそっと置いた。


星が淡く光る。


どこか遠い場所。


花畑。


母はまだそこに立っていた。


「……気づいたのね」


その声は、風のように懐かしかった。


「お母さん……ずっと、ここにいたの?」


母は静かに頷いた。


「いつか、また会えると信じていたの」


「ずっと?」


「ええ、ずっと」


それでも、恨み言ひとつなかった。


ただ、穏やかな微笑みだけがあった。


ミユの瞳から涙がこぼれる。


「ごめんなさい」


「ありがとうって言えなかった」


「大好きって言えなかった」


母は首を横に振った。


「知ってるわ」


「だって私は、あなたのお母さんだもの」


花畑に静かな沈黙が落ちる。


やがて母は、そっとミユの手を取った。


「もう、いいのよ」


ミユが顔を上げる。


「でも……私、まだ」


「十分よ」


母は優しく笑う。


「もう十分、頑張ったわ」


その言葉は赦しだった。


母から娘へ贈る、最後の赦しだった。


「さ、おいで」


母がミユに背中を向け、少しだけ屈む。


「小さい頃みたいに」


ミユは戸惑いながらも、その背に身を預けた。


「重いよ」


「ちっとも」


母はふふっと笑った。


「あの頃と、変わらないわ」


光が満ちていく。母の背に小さな笑顔があった。


花畑の向こうへ、足音が遠ざかっていく。


母におんぶされたミユの頬を、涙が伝った。


「……ただいま」


「おかえりなさい」


その声とともに、世界が白く染まる。


病室。


ピ──。


規則正しかった音が、ゆっくりと途切れていく。


ミユは、静かに息を引き取った。


やがて、モニターは一本の線になった。


穏やかな寝顔だけが、そこに残された。


メルトは車へ戻る。


ルナが小さく呟く。


「これって……届いたってことですか」


メルトは答えない。


ただ前を見ている。


しばらくしてから、ぽつりと言った。


「ええ」


「今度こそ、ちゃんと届きました」


モコがエンジンをかける。


赤い車が静かに浮かび上がった。


星の粒が夜空へ溶けていく。


郵便屋は今日も、


誰かの大切な荷物を待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ