第2話 病気の母 ③願い
母は静かに目を閉じた。
「疲れたのよ」
花畑が静かに揺れる。
「もう十分、生きたもの」
その声には諦めも絶望もなかった。
ただ、長い旅を終えた人のような穏やかさだけがあった。
やがて母は微笑む。
「でもね」
「もう一度、あの子の笑顔が見たいの」
それは願いではなかった。
条件でもなかった。
ただひとつの、未完の祈りだった。
「贈り物なんていらないの」
「欲しいのは、あの子の笑顔だけ」
言葉が静かに積み重なっていく。
「一緒にご飯を食べて」
「昔みたいに、たわいない話をして」
少し遠くを見るように、母は目を細めた。
「小さいころはね」
「よく背中で眠ってしまっていたの」
「公園の帰り道で、歩き疲れて」
「抱っこって言うの」
ふふっと懐かしそうに笑う。
「もう歩けないって」
花が揺れる。
「そのまま、すやすや眠ってしまうのよ」
その記憶を撫でるように、母の声が柔らかくなる。
「重かったはずなのに」
「それが、いちばん幸せだったの」
静かな沈黙が落ちた。
遠くで花が波のように揺れる。
母は胸に抱いた星を見つめた。
「だから」
小さく微笑む。
「私からも、ひとつ届けたいの」
そう言って胸元へ手を添える。
すると、そこから小さな光がこぼれ落ちた。
まるで大切にしまっていた想いが、形になったかのように。
「今度は私の番ね」
光は静かに揺れながら、母の掌の上で優しく瞬いた。
メルトは両手を差し出す。
「わかりました。」
「お荷物、お預かりしました。」




