第2話 病気の母 ①出会い
郵便屋の拠点は街中にある。
だが、多くの人はその存在に気付かず、通り過ぎていくだけだった。
見えているのに見えない。
そんな不思議な場所だった。
店舗の前では、赤い車が星のようにきらきらと光っている。
見習いの郵便屋ルナは、メルトに言われ、その車を丁寧に磨いていた。
「いいですか。ルナさん」
メルトは車体を指で軽く撫でた。
「この車は星を渡ると、星の星屑をまとってしまうんです。」
指先がきらりと光る。
「星屑って、触るとふわふわするね。」
「あまり積もると重くなるんです。そうなると、車が動かなくなってしまいます。」
「動かなくなったらどうなるんですか?」
「星の間を漂流してしまいます。最近はSAFというレスキュー隊がありますから、何とかなりますが……。」
「星屑は時間が経てば自然に消えます。でも、積もりすぎると消えなくなるので、こまめに払ってあげるのも仕事なんです。」
そう説明を終えると、メルトは店の中へ戻った。
窓の外では、ルナがまだ黙々と車を磨いている。
「ありゃ、本気で居座る気だぜ。」
こぐまのモコが椅子に身を預けながら、気だるげに言った。
メルトは書類を手に取り、目を通しながら答えた。
「目的があるみたいですし、それを果たしたら帰るのではありませんか?問題はありません。周りの大人が騒ぎ立てるから、大事になるんですよ。意思のある子なのですから、尊重してあげてください。」
「それが問題な気がするぜ……」
「ん?」
モコが窓を覗き込んだ。
扉の前に、ひとりの女性が立っていた。
「メルト、お客様みたいだぜ」
窓越しに見えるその姿は、どこか年齢のつかみにくい女性だった。
落ち着いた服装。病院帰りのような色の静けさを纏っている。
整えられた髪の奥に、色白く疲労の影が沈んでいた。
気のせいか影が薄い気がした。
まるで、ここではないどこかから、ようやくたどり着いたような。
女性は一所懸命に車を磨くルナに申し訳なさそうに口を開いた。
「あの……すいません。ここは」
声は小さいが、芯があった。
「星運びの郵便屋さんですか?」
ルナの手が止まる。
「は、はいっ」
慌てて布を置き、女性のもとへ駆け寄った。
そして入口の看板を示す。
女性はルナが指示した看板を見た。
☆願い配達所~Message Express Link Terminal
~~~~~~~~~~~~~~~☆
配達を承る前に、ご確認ください。
① 名を名乗ること
② 願いを語ること
③ 後悔をごまかさないこと
ご理解いただけましたら、ご入店ください。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~☆
女性はしばらく、その文字を見つめていた。
やがて、意を決したように口を開く。
「私、ミユと申します」
彼女は胸元から、ひとつの星を取り出した。
その指先は、わずかに震えている。
「母が、目を覚まさないんです。」
「何か……母の心に、贈り物をしたくて。」
ルナは差し出された星を見て、息を呑んだ。
星は小さい。
けれど、その重さだけは伝わってくる気がした。
「ま、ま、待ってください……」
ルナは慌てて両手を振る。
「わ、私、まだ見習いだから……」
どうしていいか分からず、視線が店の奥へ向く。
「しょ、所長!」
すると奥から落ち着いた声が返ってきた。
「はい、ルナさん。案内、ご苦労様です。話は聞こえてました。」
メルトは一礼をして、淡々と自己紹介をした。
「所長のメルトと申します。」
「お荷物をお預かりします。」
「はい」
ミユが星をメルトに手渡した。
それは願いではなかった。
願いになる前の痛みだった。
胸の奥に長く沈み続けていたもの。
言葉にすれば壊れてしまいそうで、
ずっと抱えたままにしてきたものだった。
メルトは星を見つめる。
「これを、どなたに届けたいのですか?」
「母に……」
ミユは星を見つめた。
「今、病院で眠っている母に」
メルトは静かに頷く。
「願いですか?」
ミユは少し考えた。
そして首を横に振った。
「違うかもしれません」
「え?」
「願いというより……」
そこで言葉が止まる。
「謝りたいんです」
「最後に話した時」
「ひどいことを言ったんです」
「でも、言いすぎたなって、後悔して…でも、また今度でいいやって思って」
「ちゃんと話さなかった」
「そうですか…。」
「お母さまのお名前を伺っても?」
「ユミです」
その名前を口にした瞬間だけ。
ミユの表情が、どこか幼いものに見えた。
「わかりました」
メルトは荷物を水色の籠に丁寧に入れ、飛び出さないように上からネットを被せた。
そして、ごく当たり前のことのように言った。
「ユミさんを探します」
そういうと、メルトは目を閉じ、眼鏡を静かに正した。
店内が静かになる。
モコもルナも口を開かない。
しばらくして。
メルトの眉がわずかに動いた。
「……そうですか」
その声は、誰に向けたものでもなかった。
「見つかりました」
ミユが顔を上げる。
「お届け先が分かりました」
「これより配達します」
ミユはほっとしたように息を吐いた。
「……母に、届きますか」
「郵便屋ですから」
それは当たり前のことを言うような口調だった。
「必ず届けます」
ミユは小さく頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
モコは椅子から飛び降りると、大きく伸びをした。
「それじゃ、行きますか」
気怠そうな口調のまま、当然のように運転席へ向かう。
ルナも慌ててその後を追った。
メルトは最後にかごを再確認して言った。
「かなり遠方ですね」
車へ乗り込みながらそう呟いた。
ルナが首を傾げる。
「遠方?」
「ええ」
それ以上、メルトは何も言わなかった。
エンジンが静かに目を覚ます。
赤い車は星の粒をこぼしながら、夜の街へ走り出した。




