第1話 運びの仕事 ④別れ
夜更けの空気の中、鈴虫の鳴き声が静かに響いていた。
やがて闇を切り裂くように赤い車のヘッドライトが周囲を照らし出し、
メルト達を乗せた車が郵便屋へと戻ってきた。
その気配に驚いたのか、一瞬だけ鈴虫の音がピタリと止んだ。
カラーン。
店のドアが開いた。
「メルトさーーん!」
待ちかねたように、少女が飛び出してきた。
「ただいま戻りました。休んでいればよかったのに。」
少女は、答えを待つような目でメルトを見つめていた。
「ちゃんとポチ様からのお荷物を預かっておりますよ。」
メルトは荷台から袋を取り出した。
それは、ポチ様からお預かりした大切なお荷物だった。
メルトは両手で包むように、少女へ差し出した。
少女はそっと袋を開け、中を覗き込んだ。
「これ、ポチから?……綺麗。これ、どうしたらいいの?」
少女は両手で包むように、星を袋から取り出した。
「確か……欠けたところに指を入れると開くそうです。」
「ポチ様から伺いました。」
「こ、こう?」
ぱかり、と星が開いた。
すると、星の中から光が溢れ、夜空いっぱいに思い出が映し出された。
最初に見えたのは、小さな子犬だった。
雨の日。
段ボール箱の中で震えていたポチを、幼い少女が抱き上げている。
次の場面。
お風呂場。
体をぶるぶる震わせたポチが水をまき散らし、少女をびしょ濡れにしていた。
少女は怒るどころか、大笑いしている。
次の場面。
動物病院。
注射を怖がるポチを、少女がぎゅっと抱きしめていた。
「大丈夫。大丈夫だからね。」
震えていたのは、ポチより少女の方だった。
次の場面。
夕暮れの公園。
「ポチー!」
呼ばれた瞬間。
ポチは尻尾を千切れそうなほど振りながら駆け出す。
転びそうになりながら。
耳を揺らしながら。
嬉しそうに。
ただ嬉しそうに。
少女の元へ走っていく。
映像は次々と流れていく。
抱きしめられたこと。
小屋にもぐりこんだ少女が先に寝ていて、ポチは少女を起こしても起きてくれず、しかたがなく端に座っていたら、いつのまにか一緒に眠っていたこと。
頭を撫でてもらったこと。
名前を呼んでもらったこと。
そのどれもが、幸せそうだった。
やがて最後の光が消える。
少女は泣いていた。
けれど、その顔は笑っていた。
「良かった……。」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「ポチ、幸せだったんだね……!」
星が優しく瞬いた。
少女は泣きながら笑う。
ふと映像の中の声が聞こえる。
「おーい、ルナー!」
幼い少女が満面の笑みで振り返る。
「ポチー!」
犬が駆け寄る。
「ルナー!」
「早く帰るよー!」
少女が固まる。
メルトが気付く。
「どうしました?」
少女は震えながら言う。
「今……」
「今、呼ばれた。」
「私の名前……ルナって。とても笑顔だった。」
そして星が閉じる。
「そうですね。良かったですね。ルナさん。」
映像が終わると、依頼人の胸から、黒い欠片がふわりと浮かび上がる。
メルトはそれを静かに受け取る。
「これが料金です。」
「料金?」
ルナが目を丸くする。
「後悔の欠片です。」
黒い欠片は星の光を受けてゆっくりと消えていく。
「後悔は人を前へ進ませることもあります。」
「でも、抱えたままでは歩けなくなることもある。」
「だから私は集めるんです。」
メルトは制帽を被り直した。
「荷物を届ける郵便屋ですから。」
ルナは胸に手を当てた。
不思議だった。
さっきまで苦しかった場所がなんだか軽い。
「ねえ!」
突然、ルナが身を乗り出した。
「ここで働かせてください!」
「……」
「無理です。」
「お願いします!」
「無理です。」
「お願いします!」
「無理です。」
「お願いします!」
「しつこいですね!?」
ルナはむうっと頬を膨らませた。
メルトはため息を吐く。
「ところで。」
「今度は何ですか?」
「ルナさんはどこから来たんです?」
ルナは首を傾げた。
「わかりません。」
「家は?」
「わかりません。」
「家族は?」
「わかりません。」
「噓ですね。」
「わかりません!!」
メルトは頭を抱えた。
「何なら分かるんです?」
ルナは胸を張った。
「郵便屋になりたいです!」
メルトは思わず吹き出しそうになる。
そしてその時。
ルナの視線が赤い軽自動車へ向いた。
「あれ?」
「どうしました?」
「あの車。」
ルナは目を細める。
「なんだか……。」
「見たことがある気がする。」
「そうですか…。そういうこともあるかもしれませんね。」
ルナは首を傾げる。
そして小さく笑った。
「でも一つだけ分かるんです。」
「私。」
「郵便屋になりたいんです。」
「採用担当は私なんですが?」
「お願いします!」
「聞いてませんね?」
「はい!」
「聞いてませんね……」
「そうだ!」
「私、ちゃんと名乗ってなかった!」
「ルナ!私の名前はルナだよ!」
「郵便屋見習いのルナだよ!」
元気よく頷くルナを見ながら、メルトは頭を抱えた。
その横で、モコが小さく笑う。
いつの間にか、止まっていた鈴虫の声が戻っていた。
夜は、何事もなかったかのように、、静かな音色に包まれていた。




