第1話 運びの仕事 ③配達
赤い車が宙を浮く。
星の粒がタイヤの下でほどけていく。
「第3の星まで三分で到着します。」
星ナビが告げた。
モコがハンドルにしがみついている。
「……なあ。」
「なんです?」
「おやつは?」
「仕事の前に聞くことですか?」
「重要だ。」
「その判断基準、だいぶ偏ってますね。」
しばらくして。
モコがぽつりと言う。
「名前が無い客だったな。」
「名前が無いわけではないでしたよね。」
「珍しいな、イレギュラーな案件をお前が受け入れるとは。」
「ええ。」
メルトは窓の外へ視線をやる。
流星のような光が横切っていく。
「でも。」
「ん?」
「嘘は言っていませんでした。」
「わかるのか?」
「郵便屋ですから。」
モコが鼻を鳴らす。
「便利な仕事だ。」
「でも便利屋じゃありませんよ。」
メルトは静かに返す。
「荷物を届けるのは、思いのほか楽な仕事じゃありません。」
少し間を置いて続ける。
「それでも、少しでもお客様の荷物を軽くできるなら、それでいいんです。」
モコは何も言わなかった。
やがて前方に、青く輝く星が浮かぶ。
「着いたぞ。」
「第3の星だ。」
草原だった。
風が走っている。
どこか、ポチらしい場所だった。
その中を、ひとつの影が駆け抜けていた。
ポチだ。
毛並みは陽光を弾き、しっぽを大きく振っている。
ただ走っているだけなのに、やけに幸せそうだった。
ポチの足元には――
小さく欠けた星が落ちていた。
赤い車はその横を並走するように浮かび、速度を落とす。
メルトが窓を開ける。
「ポチ様ですかーーー?お荷物を届けにまいりましたー。」
影が止まる。
ポチがこちらを見る。
メルトは荷物を掲げた。
「ああ……あの子の星を届けに来てくれたのか。」
ポチは目を細める。
「あの子は、ルナは元気にしてるか?」
「はい。」
「…そうか。」
ポチは安堵したように笑い、空の遠い星を見た。
「撫でられるのはな…」
「天使みたいだった。」
「照れくさくてな。逃げ回ったりもした。」
しっぽがゆっくり揺れる。思い出が溢れ出ている。
「もっと素直になればよかったかもしれん……」
ポチは笑った。
ポチは足元から、もうひとつの欠けた星を拾い上げた。
しばらく、それを見つめ、欠けた部分を撫でていた。
「俺は幸せだった。
……でも、それを幸せじゃなかったと思わせてしまった」
それが、ポチの後悔だった。
「ひとつ頼まれてくれんか。」
そういうと、ポチは自分の星をメルトへ託した。
「これを、あの子へ届けてほしい。」
「俺は幸せだった、と。」
「……でも、それだけじゃ足りんな。」
「幸せだったことを、ちゃんと伝えてくれ。」
メルトは荷物を受け取った。
「お荷物、お預かりしました。」
メルトは帽子に手を添えた。
「最後に一つ、お聞きしてもよろしいですか。」
「なんだ?」
「先ほどおっしゃっていた……『ルナ』とは?」
ポチは少しだけ目を丸くした。
「ああ。」
「あの子の名前だ。」
静かに一礼した。
星を受け取ったメルトは車に乗り込んだ。
赤い車がゆっくりと浮き上がる。
ふと、下を見ると──ポチがこちらを見上げていた。
尻尾が、揺れていた。




