第1話 運びの仕事 ②願い
外から蝉のなく声がしている。
「私、自分の名前がわからないのです」
「はい?」
思わず聞き返した。
「名前がわからないとは?」
自分の名前すらわからない客は初めてだった。
「いえ、ごめんなさい。言い方が悪かったです。
名前はあるんです。」
「はあ。」
「その名前が自分が自分である実感がわかないというか…呼ばれたくないというか」
「そうですか。お名前はあるんですね。それでは、お客様です。」
「え!?」
「いいんですか?」
「嫌ならいいですけど。」
「いえ。ありがとうございます!」
少女は椅子から立ち上がって、深く頭をさげた。
そして、少女は抱えていた欠けた星を差し出した。
「私の届けてほしい願いはこれです。」
「ポチにたくさん食べてほしかったの」
「ポチ?」
「うん。ポチってふさふさなの。」
「ふさふさ?」
「でね。食いしん坊で、ごはんだよーって呼ぶと、口元とか耳とか、
たぷんたぷんしながら走ってくるの。」
少女は少しだけ笑った。
「太ってはいないんだよ?」
「はい。」
「でも、そのしぐさがかわいくって。」
「そうですか。」
少女の笑顔が少しだけ曇る。
「どうかしましたか?」
「……あんまり食べられなくなっちゃったの。」
メルトは黙って聞く。
「だから。」
少女は抱えていた星をぎゅっと抱きしめた。
「だから、おなかいっぱい食べてほしいの。」
そういうと少女は星を差し出した。
メルトは、その荷物の重さを受け取った。
「そうですか」
メルトは頷く。
「届ける荷物はこれのみでよろしいですか?」
「うん」
「本当に?」
「え?」
「届けられるのは一回だけです。」
「もっと伝えたいことはありませんか?」
少女は少し考えた。
そして首を横に振る。
「ううん。」
「ポチに、おなかいっぱい食べてほしいの!」
「それだけ。」
「そうですか。それでは……」
メルトは目を閉じ、眼鏡を静かに正した。
遠い光。
無数の星。
その中から一つを見つけた。
「……見つけました。」
「ポチ様は、第3の星にいらっしゃいます。」
「ほんとう?」
少女の顔が少しだけ明るくなった。
「名前は聞けてませんが、お客様です。」
メルトは制帽を被り直した。
「お客様のお話が真実であると判断しました。」
少女の顔が少し明るくなった。
メルトは軽く一礼した。
「お荷物をお預かりしました。」
「責任をもってお届けします。」
そう言ってメルトは立ち上がる。
「届けたら、ポチ様から返しの荷物を預かってきます。」
と、店の外に出た。
赤い軽自動車の荷台のスライドドアを開き、少女の荷物を水色の籠に丁寧に入れ、飛び出さないように上からネットを被せた。
「荷物を載せましたよ。起きてください。配達です。」と
助手席で丸くなって眠る毛玉へ声を掛けた。
「え?誰かいるの?」
すると助手席から、ふわふわしたものが起き上がった。
ぽすっ。
「……モコ」
ぐぅ。
まだ寝ていた。
「モコ。起きてください。」
ぐぅ。
「仕事です。」
……。
「……モコ。ほんとにここで寝るの好きですね」
すぴー。
「まあ、日干しになってちょうどいいのですが…」
咳ばらいを一つし
「おやつ抜きにしますよ」
ぽすっ。
モコが飛び起きた。
「おやつ?」
少女が目を丸くした。
「くまさん……しゃべった」
「郵便屋のくまは、しゃべるぜ」
「しゃべるんだ……」
「しゃべりますよ」
「食べ物の話だけですけどね」
「おやつ!」
「ほらね」
メルトはため息をついた。
「他にも話せるよ!」
それを見た、少女が話しかけてきた。
「私も付いていっちゃダメ?」
「ルールですから…こればかりは…。」
「そうだよね…。うん。わかった。待ってる。」
「待ってる?」
「帰る場所は…?」
少女は黙った。
俯いたまま答えない。
「……わかりました。」
待ってる間、お腹が空くでしょうから、
冷蔵庫の物とか食べてもいいので、お店の中で待っていてください。
配達中の表示にしますので、お客様は入ってこれませんので、ご安心ください。」
「モコ、何かありますか?」
「俺のクッキーは食べちゃだめだぞ!」
「モコはちょっと黙って!」
「あんだと! メルトが聞いたんだぜ!」
「えっと…。そうそう、お代はその時に。」
「お代?」
「配達が終わったら説明します。」
「先払いじゃないの?」
「信用商売というのもありますが、荷物を預かってきてお客様に配達するまでが、一連の業務ですから。」
「すごい……」
「たまに踏み倒されますよ。」
「えっ」
「ええ。それも仕組み上、仕方がない事です。
人の気持ちに寄り添う仕事とはそういうものです。」
「その時はクッキーだな!」
モコが横からしゃしゃり出てきた。
「こらこら。お客様になんてことを…」
「あはは。」
「素敵な笑顔です。」
「え?」
メルトがニコっと言った。
「さて、行きますか。」
メルトが助手席のドアを開く。
すると、モコが当然のように運転席へぴょんっと飛び移り、シートの上に立ってハンドルを握りしめた。
メルトは慣れた手つきで、モコのシートベルトを締める。
「ありがとうだぜ!」
「毎回締めますからね。」
少女が瞬きをする。
「え?」
「モコ、安全運転でお願いします。」
「まかせな!」
モコは胸を叩いた。
「くまさん、運転するの!?」
「するぜ。」
「メルトより先輩だ。」
「私が運転できるのは道路のある地球だけですよ。」
「星と星の間は専門外です。」
「では、配達に行ってきます。お店で待っていてください。」
「はい。気を付け行って来てください。」
モコが少女に手を振った。
赤い軽自動車が走り出した。
地面を走るわけではない。
車輪の下に星屑のような光が生まれ、夜空へ浮かび上がる。
少女のいる店がどんどん小さくなっていった。




