第八話「開店準備」
工房の名前は決まった。次は中身だ。
アオイはノートに必要なものを書き出した。発酵槽、保存用の瓶、棚、作業台、燃料、水の確保、材料となる野菜や果物。書き出してみると、ほぼ全部ない。
アオイはノートを眺めて、少し考えた。
お金がなければ、お金になるものを先に作ればいい。
研究者として生きてきた経験上、予算がないときはまず手持ちの材料で成果を出すのが鉄則だ。異世界でも同じだろう。
まず材料を集めることにした。
街の外に出ると、野原に様々な植物が生えている。アオイは腐敗魔法で土の中の菌の気配を探りながら歩いた。菌糸ネットワークで、植物の状態がなんとなくわかる。この能力を外で使うのは初めてだったが、思った以上に広範囲が感じ取れた。
半径五十メートルほどの範囲で、土の中の様子が把握できる。どこに根が張っているか、どの植物が健康か、どこに水脈があるか。
「便利だな」とアオイは呟いた。
野草を数種類摘んで、果実のなる木を三本見つけた。まだ熟していないが、場所は覚えた。川沿いには菖蒲に似た植物があって、根の部分に薬効がありそうだったので掘って持ち帰ることにした。
帰り道、農家の前を通ると、畑の端に野菜くずが積んであった。農家の男はアオイを見て少し警戒した顔をした。
「その野菜くず、もらえませんか」
「……くずだぞ。捨てるものだ」
「捨てるものでいいんです。発酵させて使います」
男はしばらく考えて、頷いた。
「どうせ捨てるものだ。持っていけ」
「ありがとうございます。お礼に畑を見てもいいですか」
「見てどうする」
「土の状態を確認します。腐敗魔法で土壌改良ができるかもしれません」
男は眉を寄せたが、断らなかった。アオイは畑に入って、地面に手を当てた。菌糸ネットワークで土の中を探る。
「連作障害が出かけてますね。同じ場所に同じ作物を植え続けている」
「……わかるのか」
「菌の偏りでわかります。今年の収穫が終わったら声をかけてください。土をリセットできます」
男は複雑な顔をした。腐敗魔法への抵抗感と、農家として土の問題を放置できない実用主義が戦っている顔だ。
「……考えておく」
「はい」
アオイは野菜くずをもらって帰った。
工房に戻ると、作業台の代わりに使っていた木の板の上に材料を並べた。
野草数種類、川沿いの植物の根、野菜くず。
まず野菜くずで発酵液を作ることにした。水に漬けて、腐敗魔法で発酵を促進する。うまくいけば植物の成長を助ける液体肥料になる。農家への売り物になるかもしれない。
次に川沿いの植物の根を煮出した。燃料はゴルドから薪を少し分けてもらった。煮出した液体を冷まして、腐敗魔法で不要な成分を分解すると、すっきりした薬草液ができた。頭痛や疲労に効きそうな匂いがする。
野草は乾燥させて保存することにした。壁に紐を張って、束にして吊るす。工房の中が急に薬草屋っぽくなった。
作業をしていると、外から声がした。
「アオイさーん」
扉を開けると、大きな瓶を二つ抱えてたハンスが立っていた。
「瓶が余ってたから持ってきたよ。使えそう?」
「使えます。ありがとうございます」
「中で何作ってるんだ?」
「発酵液と薬草液です」
ハンスは中を覗いた。吊るされた野草と、木の板の上に並んだ瓶と、煮出しの鍋。
「なんか、思ったよりちゃんとしてる」
「思ったよりってどういう意味ですか…」
「もっとこう……怪しい感じかと」
「発酵は怪しくないです」
「腐敗魔法を使ってるんだろ」
「腐敗魔法も怪しくないです」
ハンスは笑った。アオイは笑われた理由がよくわからなかったが、悪い雰囲気ではなかったので気にしなかった。
三日後、発酵液が完成した。
薄い黄色の液体で、土の匂いがする。腐敗魔法で成分を確認すると、植物の根が喜びそうな菌と有機酸が豊富だ。小瓶に分けて、野菜くずをわけてくれた農家の家に持って行った。
「試してみてください。水で十倍に薄めて、根元に撒くといいです」
「……本当に効くのか」
「はい。植物の成長を助けてくれます」
男は半信半疑で受け取った。
帰った後、アオイは還り家の看板を作ることにした。木の板に油性マジックで「還り家」と書いた。扉の横に立てかけると、なんとなく開店している雰囲気が出た。
アオイは少し離れて眺めた。
小さくて、まだ商品も少ない。でも確かに、工房だ。




