第七話「廃屋と格闘する」
建物は、ゴルドが言った通りのガタがきていた。
街の外れ、二階建ての石造りだ。扉は蝶番が外れかけていて、窓は半分が板で塞がれている。床は埃が積もっていて、足跡をつけながら歩くと、奥の方に先客の足跡があった。動物らしい。
アオイは建物をひととおり歩いた。
一階は広い作業スペースと小さな部屋が一つ。二階は居住スペースらしく、部屋が二つある。染物屋だっただけあって、床や壁に色の染みが残っていた。青や赤や黄色の染みが混ざり合って、なんとなく芸術的な模様になっている。
屋根の一部に穴が開いているらしく、二階の床に雨水が染み込んだ跡があった。
まず道具と材料が必要だったので街の雑貨屋に行った。
雑貨屋は五十代の男がやっていて、名前はオットという。がっしりした体格で、最初はアオイを胡散臭そうに見ていたが、腐敗魔法の評判はすでに届いているらしく、対応は悪くなかった。
「修繕に必要なものを揃えたいんですが、お金がないのでツケにしてもらえますか」
「ツケ?」とオットは眉を上げた。
「信用がないとツケはできないぞ」
「では信用を作ります。店の中で腐敗魔法が役立てそうなものはありますか」
オットは腕を組んで考えた。
「……干し肉がカビてきてる。どうにかならないか」
「見せてください」
倉庫に案内されると、干し肉のほとんどは天井の梁から吊るされていた。ただし一部が棚に置かれていて、その部分にカビが出ている。食べられないわけではないカビもあるが、見た目が悪い。アオイは一つ一つ確認して、有害なカビだけを分解した。
「終わりました。これで大丈夫です。ただ、棚に置いている分はカビが生えやすいので、全部吊るして保存した方がいいです」
オットは倉庫を見渡して、ため息をついた。
「……わかった。道具はツケにしてやる。ただし一ヶ月以内に返済しろ」
「ありがとうございます」
道具と材料をそろえて、修繕を始めた。
まず扉の蝶番を直した。釘を打ち直して、歪みを調整する。次に塞がれていた窓の板を外して、枠を補修した。板を外すと光が入って、建物の中が一気に明るくなった。
床の掃除をしていると、ゴルドが様子を見に来た。
「手伝おうか」
「いいんですか」
「暇だからな」
ゴルドは箒を借りてきて、黙々と掃いてくれた。
しばらくして、ハンスも顔を出した。
「俺も手伝う」
ハンスは屋根の穴を見て、屋根職人を知っているといって連れてきた。屋根職人は無口な老人で、穴を見るなり材料を取りに行って、一時間後には塞いでいた。
「いくらですか」とアオイは聞いた。
「チーズ一個でいい」といつの間にか来ていたマルタが後ろから言った。
「屋根職人はうちの常連だから私が払うわ」
マルタが屋根職人のクラウスに代金を払うと言ってくれた少し後、扉の近くにベアがいることに気づいた。
「いつから来ていたんですか」とアオイは聞いた。
「さっきだ」とベアは杖をついて言った。
「気づかなかったです」
「お前が作業に夢中になっていただけだ」
ベアは建物の中を見渡した。
「随分きれいになったな」
「みなさんが手伝ってくれたので」
「そうか」ベアは少し間を置いた。
「私は手伝えないが……」ベアは小さな布袋を差し出した。
「これを持ってきた」
「なんですか」
「開業祝いだ」
中を開けると、乾燥した薬草が入っていた。
「ありがとうございます」
「礼はいい。繁盛させろ」
ベアは杖をついてそのまま帰っていった。
夕方までに、建物はだいぶ様になってきた。扉は真っ直ぐ開くようになり、屋根の穴は塞がった。床の染みは取れないが、清潔にはなった。
夜、一人になったアオイは建物の中を歩いた。
空っぽの作業スペース、小さな部屋、二階の居室。まだ何もないが、これから道具が増えて、材料が並んで、いろんな匂いがするようになるだろう。
アオイはノートを開いて、工房の名前を考えた。
しばらく考えて、書いた。
「還り家」
腐るということは、還るということだ。分解されて、土に戻って、また別の何かになる。前世で研究していたことの、本質はそこだった気がする。
悪くない名前だとアオイは思った。




