第七十一話「相応の理由」
翌朝、セドルが顔を出した。
「おはようございます。今日は還り家に行かれますか」
「はい。ただ午後には戻ってきます」
「わかりました。では馬車を用意します」
午前中、還り家で作業した。
薬草液を作りながら、昨夜のことを思い出していた。
ライナスの事が気になっていると直接言えた。
ティアに手紙を書こうと思った。ただ何を書けばいいかまだわからなかった。
午後、城に戻るとセドルが待っていた。
「ライナス様がお待ちです。執務室ではなく、城の庭です」
「庭ですか」
「そうです。では案内します」
城の庭は広く、秋の花が咲いていた。手入れが行き届いていて、静かだった。
ライナスが庭の中央に立っていた。
アオイが近づくと、ライナスが振り返った。
「来たか」
「はい。庭で話すのは珍しいですね」
「そうだな。たまにはいいと思って」
「そうですか」
二人でしばらく庭を歩いた。
「ヴェルダン伯爵の件、対応方法を考えた」
「どうなりますか」
「グラウン辺境伯として、正式に断る。理由が必要なんだが…」
「理由ですか?」
「そうだ。高位貴族からの縁談を断るには、相応の理由がいる」
ライナスは少し間を置いた。
「一つ方法がある」
「なんですか」
「お前にすでに縁談の相手がいるという理由だ。そうすれば、ヴェルダン伯爵も無理に進めることはできない」
「縁談の相手がいるという理由ですか?それだと嘘になりますが…」
「嘘にはならない」ライナスは言った。
アオイはライナスを見た。
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。私がその相手になれるなら…嘘にはならない」
アオイは少し間を置いた。
「それは…」
「早すぎることはわかっている。ただ時間がない」
「そうですね」
「お前と一緒にいたい。グラウンでずっと。それが私の気持ちだ」
アオイはしばらく黙った。
庭の花が風に揺れた。
「それは…プロポーズですか?」
「そうだ。縁談が来て、お前が王都に行くかもしれないと思ったとき、言わずにいられなかった」
「王都には行きません」
「ただ万が一ということがあるだろう。だから言う。お前と一緒にいたい」
ライナスは真剣な顔をしていた。いつもの冷静な顔とは少し違う。昨夜よりもっと違う顔をしていた。
アオイは自分の気持ちを確認した。
ライナスのことを考える時間が増えた。夕食のときに今日何かあったかなと思う。書類整理のときにライナス様が来るかなと思う。昨夜気になっていると言えた。
それは何を意味するのか。
もうわかっていた。
「早すぎる…とはあまり思わないです」
「そうか…では」
「はい。私もライナス様とずっと一緒にいたいです」
ライナスはしばらくアオイを見た。
「本当か」
「本当です」
「そうか…」ライナスの声が少し震えていた。
「よかった…本当によかった」
二人でしばらく庭に立っていた。
「正式な話は改めてする」
「わかりました」
「では城に戻って、お茶を飲むか」
「はい」
夕方、セドルに会った。
セドルはアオイの顔を見て、少し目を細めた。
「いいことがありましたか」
「はい。顔に出ていますか?」
「少し出ていますよ」
「そうですか」
「ライナス様も同じ顔をしていらっしゃいます。いいことがあったんでしょうね」
セドルは少し間を置いた。
「おめでとうございます」
「何がですか」
「何でもないです。では夕食の準備をします」
夜、部屋でノートを開いた。
今日のことを書こうとして、少し考えた。
自分でも驚いていた。こんなに早く答えが出るとは思っていなかったから。ただ出た。自然に出た。
翌日の朝、ティアへの手紙を書いた。
——ティア、報告があります。ライナス様と一緒にいることになりました。昨日、庭でプロポーズされました。
追伸 ようやく自分の気持ちに気づきました。——
手紙を封筒に入れた。その後、いつも通り還り家へ行き作業をした。
夕方、城に戻るとライナスが廊下で待っていた。
「夕食にしよう。今日は私の部屋で食べる」
「はい」
「ヴェルダン伯爵の件は明日対応するから、今日はそれ以外の話をしよう」
「わかりました」
「何か食べたいものはあるか」
「何でも」
「何でも、か…お前はいつもそうだな」
「そうですか」
「そうだ」ライナスは少し笑った。
「まあいい。行こう」
ライナスの部屋での夕食は、いつもより温かい雰囲気だった。
窓の外、グラウンの夜景が広がっている。
アオイは食べながら思った。
昨日までと同じ景色なのに、少し違って見えた。
それがなぜか、今のアオイにはわかっていた。




