第六十八話「城での暮らし」中編
城での生活が一週間経った。
昼間は還り家で作業して、夕方に城に戻る。朝は客人用の部屋で朝食を食べて、馬車で還り家に向かう。その繰り返しだった。
城の人たちにも少しずつ慣れてきた。セドルは毎朝顔を出してくれて、クラウスは廊下で会うたびに話しかけてきた。
ライナスとは毎日会うわけではなかった。ただ夕食を一緒にとることが週に二、三度あった。
ある日の午後、還り家で作業していると、セドルが来た。
「ライナス様から頼まれてきました。もしよければ、書類の整理を手伝っていただけないかと」
「書類の整理ですか」
「はい。今月分の物資の記録が増えていて、整理が追いつかない状況で…アオイさんなら几帳面なノートをつけていらっしゃるので、もしかしたらと思って」
「わかりました。今日は作業が早めに終わりそうなので、夕方伺います」
「ありがとうございます」
夕方、城の執務室に向かった。
机の上にかなりの量の書類が積まれていた。
「助かる。物資の記録が増えていて、セドルだけでは追いつかなくて」
「どういう整理が必要ですか」
「月ごとに分けて、品目別に並べたいんだが、うまい方法が見つからなくて」
アオイは書類を一通り見た。
品目、数量、日付、発注先。項目はシンプルだが量が多い。前世で似たような作業をしたことがあった。研究室での在庫管理だ。
「表を作るといいと思います。品目を縦軸に、日付を横軸にした表を作って、数量を記録していく形にすると、月ごとの推移も品目ごとの比較も一目でわかります」
「なるほど…そういう方法があるのか」
「やってみます」
アオイは白紙を取り出して、表を作り始めた。縦軸に品目を書いて、横軸に日付を書いて、書類の内容を転記していく。
セドルが横で見ていた。
「これは…見やすいですね」セドルは言った。
「このくらいの量なら一時間もあれば整理できます」
「一時間でですか」セドルは少し目を丸くした。
「いつもは二日かかっていました」
「表の形式を一度作ってしまえば、後は記入するだけなので。来月からはこの形式を使えばもっと早くなります」
ライナスが表を覗いた。
「なるほど。それは思いつかなかった」ライナスは言った。
「前にいた場所でよく使っていた方法です」
「遠いところから来たと言っていたな。そういう方法が当たり前だったのか」
「そうです」
「便利なものだな。セドル、来月からこの方法で頼む」
「承知いたしました。アオイさん、本当に助かりました」
「お役に立ててよかったです」
それから一週間後、また書類の相談が来た。
今度は予算の管理だった。
「毎年この時期に来年分の予算をまとめるんだが、うまく整理できなくて。見てもらえるか」
「いいですよ」
書類を見た。収入と支出が別々の紙にまとめられていて、全体像が把握しにくい構造になっていた。
「収入と支出を一枚の表にまとめると差引がわかりやすくなります。項目ごとに小計を出して、最後に合計を出す形にすれば、どこに予算がかかっているかも一目でわかります」
「そういう形か。今までは収入と支出を別々に計算していた」
「一緒にした方が全体が見えます」
「やってみてくれるか」
「わかりました」
アオイは作業を始めた。項目を整理して、小計を出して、合計をまとめた。
一時間ほどで完成した。
ライナスとセドルが表を見た。
「これは…今まで二人で丸一日かけていた作業が一時間で」
「項目が整理されているので計算が早いです」
「どこで覚えたんだ」ライナスは言った。
「遠いところから来た知識です」
「そうか」ライナスは表をしばらく見ていた。
「本当に助かった」
「よかったです」
「来月もお願いできるか」ライナスは言った。
「はい」
その翌日の夕食のとき、ライナスが客人用の部屋に来た。
向かいに座って、しばらく黙っていた。
「昨日の書類の整理、本当に助かった。お前はああいうことが得意なのか」
「整理をするのは好きです。記録もつけているので」
「ノートがたくさんあるのはそういうことか」
「そうです。薬の記録、薬草の記録、症例の記録。全部別のノートにつけています」
「几帳面だな」
「そうですか」
「そうだ。薬の製造も丁寧で、書類整理も正確で、記録もちゃんとつけている」
ライナスは少し間を置いた。
「お前は有能だな」
「ありがとうございます」
「なぜそんなに淡々としているんだ」
「褒めていただいているのはわかっていますが、普通のことなので」
「普通ではない。セドルが二日かかる作業を一時間でやるのは普通ではない」
「前にいた場所では当たり前のことだったので」
「そうか」ライナスはしばらくアオイを見た。
「不思議な人間だな」
「そうですか」
「そうだ。前からそう思っていたが、城に来てからより思う」
「どういうふうに不思議ですか」
「腐敗魔法で薬を作って、菌の話を楽しそうに話して、書類整理が得意で、有能なのに自覚がない。全部が不思議だ」
「そういうものだと思っていたので」
ライナスはため息をついた。
「まあいい」
また数日後、今度はアオイの方からライナスに声をかけた。
「書類の整理で、気になることがあって」
「なんだ」
「薬草の購入記録と薬の販売記録を照らし合わせると、コストの管理ができます。今の形だと購入と販売が別々になっていて、利益が出ているかどうかわかりにくいので」
「利益の管理か」ライナスは言った。
「還り家でもつけているので、同じ形式でまとめることができます」
「やってもらえるか」
「はい。ただ購入記録と販売記録を全部見せてもらう必要があります」
「セドルに言って全部出させる。どのくらいかかる」
「一日あれば」
「一日か」ライナスは少し考えた。
「還り家の作業はどうする」
「午前中に還り家で作業して、午後に城で書類を見ます」
「無理ではないか」
「大丈夫です」
「わかった。無理をするな。書類は急がない」
ライナスはしばらくアオイを見た。
「お前が自分から手伝うと言うとは思わなかった」
「役に立てることがあれば。城に住まわせていただいているので」
「それで手伝っているのか」
「そうです」
「そうか…頼む」
ライナスは何か言いたそうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
翌日、午後から執務室で書類の整理をした。
セドルが書類を全部出してくれた。
購入記録、販売記録、物資の記録。全部を一枚の表にまとめていく。
二時間ほどで完成した。
ライナスが戻ってきて、表を見た。
「薬草の購入コストと薬の販売収益が一目でわかるな」
「そうです。月ごとに見ると、どの薬が一番収益が高いかもわかります」
「飲み薬が一番か」
「そうです。ただコルモ草の確保コストが高いので、実質的な利益は軟膏の方が高いです」
「なるほど。コルモ草はミドリが持ってくるが、それ以外の仕入れはどうしている」
「ベアさんに相談しながら、行商人から買っています」
「行商人の価格は安定しているか」
「季節によって変わります。特にコルモ草に似た薬草は夏に高くなります」
「そうか。これを毎月出してもらえるか」
「はい」
セドルが書類を片付けに出ていき、執務室はアオイとライナスの二人になった。
ライナスがアオイを見た。
「礼を言う」ライナスは言った。
「大したことではないです」
「大したことだ。今までなかった仕組みを作ってくれた。お前がいると城の仕事が効率よくなる」
「そうですか」
「そうだ」ライナスは少し間を置いた。
「城に来てもらってよかったと思っている」
「お役に立てているなら」
「お役に立てているなら、か」ライナスは言った。
「そういうことだけじゃないが…」
「そういうことだけじゃない、というのは」
「なんでもない…夕食の時間に部屋来い」
「客人用の部屋ではないですか」
「今日は別室で食べる」ライナスは言った。
「私の部屋で食べる。たまにはいいだろう」
「わかりました」
ライナスの部屋での夕食は、いつもより静かだった。
客人用の部屋より広くて、窓から夜のグラウンが見えた。
「グラウンが見えますね」
「そうだ。毎日この景色を見ている」
「きれいですね」
「そうだな。お前はグラウンが好きか」
「好きです」
「なぜだ」
「みんなの顔が見えます。還り家がありますし」
「城は好きか」
「城も好きになってきました」
ライナスは少し間を置いた。
「そうか…ならよかった」ライナスは少し柔らかい声で言った。
「そうですか」
「食べろ。冷める」
「はい」
二人で夕食を食べた。静かでいい夜だと思った。




