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忌み魔法と呼ばれても気にしない魔法使いの、辺境ぐらし  作者: メイコノノ


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第六十四話「グラウンへ」

 王都を出て二日が経った。


 今回はクラウスとヴィンの他にエルノが手配した護衛二人が加わっていた。四人体制だ。宿に着くたびに周辺を確認して、夜中は交代で見張りをした。


 クラウスが窓から声をかけてきた。


「アオイさん、今日は大人しくしていてください」


「…いつも大人しくしています」


「…そうですか。失礼しました」


 ヴィンは無言で前を向いたままだった。


「ヴィンさんはいつも無口ですね」アオイは言った。


「そうですね」クラウスは言った。


「ただ今回、アオイさんが倒れたとき、ヴィンが一番青い顔をしていました」


「そうですか」


「ヴィンなりに心配していたんだと思います。な、ヴィン」


 ヴィンはわずかに頷いた。それだけだった。


「ありがとうございます」


 ヴィンは無言のままだったが、少し背筋が伸びた気がした。



 三日目の昼、道中でクラウスが言った。


「アオイさん、一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「今回、刺客に狙われて、でも生きていた。何かあったんですか。雰囲気が前と少し違う気がして」


「そうですか」


「気のせいですか」


「気のせいではないかもしれません」アオイは言った。


「力が少し変わりました」


「力が変わった、というのは」


「腐敗魔法の感知範囲が広がって、魔力も増えました」


「増えたんですか…それは、もしかしてすごいことですか」


「そうだと思います」


「どうやって」


「倒れている間にいろいろありまして」


「いろいろ、ですか」クラウスは少し考えた。


「アオイさんらしい答えですね」


「…そうですか」


 クラウスはそれ以上聞いてこなかった。


 

 七日目の昼過ぎ、グラウンが見えてきた。


 窓から外を見た。


 小さくて静かな街。いつもと同じ景色だ。


 還り家に向かうと、ゴルドがちょうど鍵を開けて中に入ろうとしているところだった。


 アオイを見て、ゴルドは少し固まった。


「おかえり」ゴルドは言った。


「ただいま戻りました」


 ゴルドはアオイをしばらく見た。いつもより時間をかけて見た。


「…怪我は」


「回復しています」


「本当か…」


「本当です」


「刺されたと聞いた…腹を刺されたと」


「そうです。ただ助けてもらって、治りました」


「そうか」


 ゴルドは長い間黙った。それから低い声で言った。


「無事でよかった」


「ご心配おかけしました」


「空気の入れ替えをしておいたが、久しぶりだから中を確認しろ」


「ありがとうございます」


「ベアのところに早く顔を見せに行ってやれ」


「中を確認したら、すぐ行きます」



 ベアのところに行くと、ベアはアオイを見てしばらく黙った。


「生きていたか…よかった。とりあえず座れ」


 アオイは椅子に座ると、ベアがお茶を出してくれた。


「傷は」


「回復しています」


「本当に回復しているか、腐敗魔法で確認したか」


「確認しました。問題ないです」


「そうか」ベアは言った。


「魔力は…」


「満ちています」


「満ちている、か…何かあったのか」ベアは少し目を細めた。


 アオイは神様のことを話した。三つの力のこと。


 ベアはしばらく黙って聞いていた。


「菌を生み出せるのか」


「はい」


「それは…」ベアはしばらく考えた。


「薬の製造が根本から変わるな。薬草から成分を引き出す必要がなくなる」


「そう思っています。ただ薬草との組み合わせはまだ有効だと思いますが」


「そうだな。感知範囲の拡大も大きい。触れなくても菌の状態がわかるなら、診断が格段に早くなる」


「王都でかなり役立ちました」


「そうか。魔力が切れなくなったのはいいが、体を過信するな。魔力は切れなくても、長時間使えば精神的に疲れる。それを忘れるな」


「わかりました」


「刺されたと聞いたとき、久しぶりに怖いと思った」


「そうですか」


「お前が来てから色々なことがあったが、命に関わることは初めてだった。ゴルドも私も、ただ帰ってくるのを待っていた」


「心配をおかけしました」


 ベアはお茶を飲み干した。


「ライナス様に報告に行ったか」


「これから行きます」


「早く行け。あの方が一番心配していたはずだから」



 城に着くと、セドルが門の前で待っていた。


「お戻りになりましたか。ライナス様がお待ちですよ」


「ただいま戻りました」


「アオイさんが倒れたと知らせが来たとき、ライナス様がすぐに王都に向かうとおっしゃいまして」


「向かうとおっしゃったんですか」


「はい。私が辺境伯がグラウンを空けるわけにはいかないと申し上げて、何とか思いとどまっていただきましたが…私が言ったとは内密に」


「わかりました」


「どうぞ、ご案内します」セドルは言った。


「ライナス様、朝からそわそわしていらっしゃいましたよ」


「そわそわ、ですか」


「それも内密に」



 執務室の扉を開けると、ライナスが立っていた。


 いつもは椅子に座って書類を見ているのに、今日は窓の外を見ていた。


 アオイが入ると、ライナスは振り返った。


 しばらく何も言わなかった。


「ただいま戻りました」アオイは言った。


「ああ。傷は…」


「回復しています」


「本当か」


「本当です」


 ライナスはアオイに近づいた。いつもより距離が近い。


「顔を見せろ」ライナスは言った。


 アオイはライナスを見た。ライナスも真剣な顔でアオイを見ていた。


「大丈夫です」アオイは言った。


「私が判断する」ライナスはアオイの顔をしばらく見た。


「……まあ、大丈夫そうだな」


「大丈夫です」


「刺されたと聞いた。夜中に一人で作業場にいたと」


「はい。ティアを先に部屋に帰らせて、私だけ残っていました」


「なぜ一人で残った」


「翌日の薬を用意しようと思って」


「それは翌朝にできなかったか」


「できましたが、早い方がいいと思って」


「早い方がいい、か」ライナスはため息をついた。


「次からは一人で夜中に残るな。ティアにも言われなかったか」


「言われました。次は怒るとも言われました」


「私からも言う。次に一人で夜中に残っていたら、私が怒る」


「わかりました」


「それと」ライナスは少し間を置いた。


「王都に向かうとつもりだったが、セドルに止められた。止められて正解だったが、あのときは止められなければ本当に向かっていた」


「…そうですか」


「お前が倒れたと聞いて、じっとしていられなかった」少し低い声でライナスは言った。


「グラウンの辺境伯として、大事な薬屋が倒れたから心配した」


「はい」


「ただ…」ライナスは少し間を置いた。


「それだけではないかもしれない」


「それだけではない、というのは」


 ライナスはしばらく黙った。窓の外を見て、それからアオイを見た。


「今は言わない」ライナスは言った。


「そうですか」


「今日は帰ってきたことが確認できれば十分だ。ゆっくり休め。無理をするな。しばらくグラウンにいるか」


「はい。還り家に戻って薬を作ります」


「そうか。また来い。報告でなくてもいい」


「報告でなくてもいいんですか」


「そうだ」ライナスは言った。


「お茶を飲みに来るだけでもいい」


「わかりました。また来ます」


「ああ。帰っていいぞ」


「はい。では失礼します」


 アオイは執務室を出た。


 廊下でセドルが待っていた。


「ライナス様はどうでしたか」セドルは言った。


「怒られました。一人で夜中に作業場に残るなと」


「それは当然です」セドルは言った。


「他には」


「また来いとおっしゃいました。報告でなくてもいいとも」


「そうですか」セドルは少し満足そうな顔をした。


「それはよかったです」


「何がよかったんですか」


「いえ、何でもないです。お疲れさまでした。ゆっくり休んでください」



 還り家に帰った。


 白衣を羽織ると、薬草の匂いがした。


 ティアがいない還り家は少し静かだった。ただ落ち着く静けさだった。


 明日、ミドリに会いに行こうと思った。ティアが言っていた通り、寂しがっているかもしれない。


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