第六十一話「王都の病」前編
ティアが弟子入りしてから一年が経った。
還り家には薬草液、抗菌軟膏、飲み薬の三種類が常時並んでいる。製造はアオイとティアで分担している。ティアは飲み薬も一人で作れるようになっていた。
ミドリは相変わらず週に二、三回薬草を持ってきた。ティアとも少しずつ慣れてきていて、今では薬草採取のとき茂みから顔を出すようになっていた。
グラウンは静かだった。いつも通りの朝が続いていた。
異変に気づいたのは、マリエルからの手紙だった。
——アオイさん、急いで手紙を書いています。王都で原因不明の病が広まっています。高熱が続いて、治癒魔法では対処できないとのことです。すでに五十人以上が亡くなっています。街全体が混乱していて、外出を控えるよう布告が出ました。症状を聞く限り、菌が原因ではないかと思っています。アオイさんのお力を借りられないでしょうか。
追伸 エルノ様も動いています。サラさんをはじめ治癒魔法師の方たちも協力していますが、手が足りない状況です。一刻も早くお力をお貸しください。——
アオイは手紙を読んで、すぐにライナスのところへ向かった。
ライナスは手紙を読んで、少し間を置いた。
「五十人以上が亡くなったか…深刻だな」
「そうです。菌が原因の可能性が高いですが、治癒魔法では対処できない」
「腐敗魔法しかないな。行くのか」
「行きます。ティアも連れていきます」
「二人でか。今回は長くなるかもしれない。還り家はどうする」
「一旦閉めていきます。ゴルドさんに時々様子を見てもらえれば」
「わかった。馬車と護衛を用意する。今回は急ぎだ。明日の朝出発できるか」
「できます」
「クラウスとヴィンを手配する。それと…」
ライナスは少し間を置いた。
「無理をするな」
「はい」
「本当に無理をするな」ライナスはもう一度言った。
「王都で何かあれば、すぐに知らせてくれ」
「わかりました」
アオイは城を出て、急いで還り家に戻った。
ティアに話すと、ティアはすぐに頷いた。
「行きます」
「長くなるかもしれません」
「わかっています。病が出ているんですよね。菌が原因なら私たちにしかできないことがあります」
「そうですね」
「行かない理由がないです」ティアは立ち上がった。
「何を持っていきますか」
「薬草液、軟膏、飲み薬、薬草の在庫全部。製造道具一式」
「わかりました。今から準備します。ベアさんには話しましたか」ティアは言った。
「これから行きます」
「ゴルドさんには私が話します」
「頼みます」
ベアのところに行き、王都で病が流行っている事を説明した。
「行くのか」ベアは言った。
「はい。明日の朝出発します」
「そうか。少し待っていろ」ベアは立ち上がり、奥の部屋に入っていった。
しばらくして戻ってくると、手に薬草の束を持っていた。
「薬草の在庫だ。持っていけ」ベアは言った。
「ありがとうございます」
「礼はいい」ベアはアオイを見た。
「無理をするな」
「ライナス様にも言われました」
「五十人以上が亡くなっているとなれば、規模が大きい。焦るな。一人ずつ丁寧にやれ」
「わかりました」
「ティアも連れていくのか」
「はい」
「ティアのことも気にかけてやれ」ベアは言った。
「あの子はまだ一年だ。王都の病は規模が違う。無理をさせるな」
「わかりました」
「信用している。無事に帰ってこい」
夜、ゴルドが還り家に来た。
準備をしているアオイとティアを見て、少し黙った。
「明日出発か」
「そうです」アオイは言った。
「還り家は閉めていきます。たまに様子を見ていただけますか。空気の入れ替えくらいで大丈夫です」
「わかった」ゴルドは椅子に座った。
「五十人以上が亡くなったか」
「そうです」
「深刻だな」ゴルドは少し顔を曇らせた。
「お前たちで対処できるか」
「やってみないとわかりません」
「そうか」ゴルドはしばらく黙った。
「やれるだけのことをやってこい。困っている人間がいるなら、助けに行け」
「はい」
ゴルドはティアを見た。
「ティア、アオイが無理をしそうになったら止めろ」
「はい」
「頼んだぞ」
翌朝、夜明け前に出発した。
クラウスとヴィンが馬車の前で待っていた。いつもより表情が硬い。
「今回は急ぎですね」とクラウスは言った。
「そうです。できるだけ早くお願いします」
「わかりました。馬を替えながら行けば五日で着けます」
「よろしくお願いします」
ライナスが城門で待っていた。
「気を付けて行け」
「はい」
「ティアも気をつけて」
「はい」
ライナスはアオイを見た。
「無事に帰ってこい」
「はい。必ず帰ってきます」
ライナスは頷いた。何か言いたそうな顔をしていたが、何も言わなかった。
馬車が動き出し、グラウンが遠ざかっていく。夜明けの空が少しずつ明るくなっていった。
「負けないですよ。菌ごときに」
ティアが窓の外を見ながら言った。
「そうですね」
馬車が街道を進んでいく。王都まで五日。




