第六十話「王都からのグラウンへ」
王都最後の日だった。
翌朝にはグラウンへ向けて出発する。
午前中はマリエルと話した。次回の王都訪問の予定、薬の発送スケジュール、ハルトへの定期報告の形式。一つ一つ確認した。
ティアは横で話を聞きながらノートに書いていた。
「ティア、何を書いているんですか」とマリエルは言った。
「確認事項を書いています。次回アオイさんが来るときの準備で、私が還り家でやることも書いておこうと思って」
「一人で還り家を守るんですか」
「そうなります。ゴルドさんが見ていてくれますが、薬の製造は私が担当します」
「大丈夫ですか」
「たぶん大丈夫です。薬草液と軟膏は一人で作れるので。飲み薬はまだ練習中ですが、これから頑張って覚えます」
「頼もしいですね」マリエルは言った。
「頼もしくはないですが…」ティアは少し照れた顔をした。
「やるしかないので」
昼過ぎ、エルノが最後の挨拶に来た。
「明日出発ですか」
「そうです」
「サラさんが腐敗魔法の薬を実際に使ってみたいと言っています。次回アオイさんが来るときに、実際の患者で連携を試してみたいと」エルノは言った。
「わかりました。準備しておきます」
「治癒魔法師との連携が実績になれば、王都での腐敗魔法への認識が変わると思います。少しずつですが、確実に進んでいます」
「そうですね」
「ティアさん」エルノはティアに言った。
「昨日の話、本当によかったです。サラさんだけでなく、他の治癒魔法師にも伝わったと思います」
「ありがとうございます。私にできることはそれくらいなので…」ティアは言った。
「十分です。正直な言葉が一番伝わります」
夕方、マリエルとティアが二人でお茶を飲んでいた。
ティアはマリエルに王都での三日間のことを話した。組合での製造実演、治癒魔法師との会合、エルノとの話。
「充実していましたね」マリエルは言った。
「はい。本当に来てよかったです」ティアは言った。
「王都はどうでしたか。グラウンと比べて」
「大きくて、賑やかで、人が多いですね。グラウンの方が落ち着きます。ただ王都は王都でいいところがあって…」
「どういうところですか」
「こういう機会があることです」ティアは言った。
「治癒魔法師に話を聞いてもらえて、連携の話が進んで。グラウンにいるだけでは起きないことが、王都に来ると起きます」
「そうですね」
「だからアオイさんが定期的に来るのは大事なことなんですね。薬を届けるだけでなく、こういう話を積み重ねるために」ティアは言った。
「その通りです。アオイさんが来るたびに、少しずつ変わっています」
「私もまた来たいです」ティアは言った。
「グラウンでの修行を続けながら、王都にも来て。両方大事だと思うので」
「そうですね。ティア、グラウンでの修行、頑張ってください」マリエルは言った。
「はい」
「アオイさんのことも支えてあげてください」マリエルは少し笑った。
「アオイさんは一人で抱え込みすぎることがあるので」
「そうですか」ティアは少し驚いた顔をした。
「気づいていませんでしたか」
「気づいていませんでした」ティアは言った。
「いつも淡々としているので、何を考えているかわからないことはあります」
「そうでしょう。困っているときに気づいてあげられると、いいと思います」マリエルは言った。
夜、荷物をまとめながらティアが言った。
「アオイさん、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「王都に来るたびに、しんどくないですか」
「しんどくはないですが、疲れることはあります」
「そうですか。マリエル様が、アオイさんは一人で抱え込みすぎることがあるとおっしゃっていました」
「そうですか」
「私にできることがあれば言ってください。弟子なので」
「わかりました。頼りにしています」
「本当に言ってくださいね。言わないで一人でやろうとするのはなしで…」
「気をつけます」
翌朝、出発した。
「またいつでも来てください。次回も楽しみにしています」マリエルはアオイに言った。
「はい。ありがとうございます」
「ティア。手紙を書いてね。グラウンのことを教えてください」マリエルはティアに言った。
「書きます。マリエル様、お元気でいてください」
「あなたもね」
馬車が動き出した。
ティアは窓から王都が遠ざかっていくのを見ていた。
その日の夜、宿でティアがノートを書いていた。
「何を書いているんですか」とアオイは言った。
「今回の王都訪問で学んだことを整理しています」ティアは言った。「組合での製造実演の反省点、治癒魔法師との会合で伝えられたこととそうでなかったこと、次回に向けてやることの整理」
「反省点があるんですか」
「あります」ティアは言った。
「製造実演でヴェルン様に見られているとき、手が一瞬止まりました。緊張のせいですが、次回は止まらないようにしたいです。アオイさんが小声で大丈夫と言ってくれたので持ち直せましたが、次回は言ってもらわなくても大丈夫にしたいです」
「そうですか」
「あと治癒魔法師との会合で、もっとうまく説明できたと思うことがあって」ティアはノートを見た。
「言いたかったことが全部言えなかったので、次回のために整理しておこうと思って」
「次回も参加するつもりですか」
「参加したいです」ティアは言った。
「エルノ様がサラさんとの連携の話を進めてくれているので、次回はもっと具体的な話ができると思います」
「そうですね」
「だから今のうちに整理しておこうと思って」ティアはノートを書き続けた。
五日目の夜、宿でティアが手紙を書き終えた。
「できました」ティアは封筒に入れた。
「グラウンに帰ったら送ります」
「今回は何を書きましたか」
「王都に来たこと、組合で製造実演をしたこと、治癒魔法師に話をしたこと」ティアは言った。
「腐敗魔法が役に立っているということを書きました。グラウンはいいところです。アオイさんがいて、ベアさんがいて、ゴルドさんがいて、ミドリがいて…」
ティアは少し間を置いた。
「私の居場所です」
七日目の昼過ぎ、グラウンが見えてきた。
ティアは窓から外を見た。
「やっと着きますね」と小声で言った。
「そうですね」
「やっぱりグラウンがいいです」ティアは言った。
「王都も悪くないですが、帰ってきたという感じがします」
還り家に戻ると、ゴルドが待っていた。
「おかえり」ゴルドは言った。珍しく最初にそう言った。
「ただいま戻りました」とアオイは言った。
「ティアも無事だったか」
「無事でした」ティアは言った。
「ゴルドさん、還り家を見ていてくれてありがとうございます」
「当たり前だ」ゴルドは仏頂面で言った。
「何かあったか、王都で」
「組合での製造実演、治癒魔法師との会合がありました」
「うまくいったか」
「うまくいきました」
「そうか」ゴルドはお茶を出した。
「ティアはどうだった」
「よくやりました」アオイは言った。
「そうか」ゴルドはティアを見た。
「よくがんばったな」
「ありがとうございます」
「まあ、よく帰ってきた」
明日からまたグラウンで薬を作る。ティアの修行が続く。三ヶ月後にまた王都に行く。
還り家の扉を少し開けると、夜の空気が入ってきた。
グラウンの土の匂いだ。




