第五十九話「治癒魔法師との会合」
治癒魔法師との会合は、エルノが手配した会議室で行われた。
王都の中心部にある建物で、広い部屋だった。若い治癒魔法師が七人集まっていた。二十代が中心で、エルノと同世代くらいだ。
アオイとティアが入ると、全員がこちらを見た。
視線が少し探るようなものだった。腐敗魔法への警戒心がまだあるのかもしれない。
エルノが前に出た。
「今日は来てくれてありがとう。腐敗魔法の使い手に直接話を聞く機会を作りたくて集まってもらいました。アオイさんと、弟子のティアさんです」
アオイは軽く頭を下げた。ティアも頭を下げた。
「単刀直入に話します。腐敗魔法と治癒魔法は補完関係にあります。治癒魔法が物理的な傷の回復を担当して、腐敗魔法が体に入り込んだ菌の除去を担当する。二つを組み合わせると、どちらか一方では対処できない症状に対処できます」
アオイの話を七人は黙って聞いていた。
「具体的な例を話します」アオイは続けた。
「魔物の傷から菌が入り込んだ場合、治癒魔法で傷口を塞いでも、菌が体の中に残って後から高熱を出すことがあります。これは治癒魔法では対処できません。ただ腐敗魔法の薬を使えば菌を除去できます。傷を塞いだ直後に軟膏を傷口に塗って、飲み薬を飲む。それだけで菌による感染を防げます」
一人が手を挙げた。二十代前半の男性だ。
「腐敗魔法の薬というのは、腐敗魔法使いがいないと作れないんですか」
「今のところはそうです。ただ薬の形にしてありますので、使うのは誰でもできます。治癒魔法師の方が患者に使っていただけます」
「忌み魔法と言われていますが、副作用はないんですか」
「薬の形にしてあるので、直接腐敗魔法を使うより安全です。副作用は今のところ確認されていません。記録があります」
アオイはノートを取り出し、前の机に置いた。
「症例の記録です。見ていただければわかりますが、効果と安全性は記録の通りです」
七人が前に集まってノートを見始めた。
しばらくして、別の一人が言った。三十代に近い女性だ。
「グラウンでは腐敗魔法は普通に使われているんですか」
「普通に使われています」
「忌み魔法という認識はないんですか」
「最初はありましたが、今はないです」
「どうやって変わったんですか」
アオイは少し考えた。
「薬が役に立ったので。役に立つとわかれば、腐敗魔法への見方が変わります」
「そんなに簡単に変わるものですか」
「簡単ではなかったですが、少しずつ変わりました」
女性はしばらく考えた。
「ティアさん」と女性は言った。
「あなたはいつから腐敗魔法が使えたんですか」
ティアが少し驚いた顔をしたが、答えた。
「子供の頃からです。最初は何が起きているかわからなかったですが、成長するにつれて腐敗魔法だとわかって」
「怖くなかったですか」
「怖くなかったです。ただ家族に怖がられて」ティアは言った。
「腐敗魔法が忌み魔法と言われているから、怖いものだと思われていて」
「家族に怖がられたんですか」
「はい。村でも距離を置かれるようになって…」ティアは言った。
「それでグラウンに行きました。アオイさんのところで修行するために」
「グラウンではどうですか」
「普通に受け入れてもらえています。腐敗魔法を隠さなくていい。それだけで全然違います」
女性はしばらく黙った。
「腐敗魔法を隠して生きてきたんですね」
「はい…」
「それは辛かったですね」
「辛かったです…」ティアは言った。
「ただグラウンに行ってよかったと思っています。腐敗魔法で薬が作れるということも、役に立てるということもわかったので」
別の一人が手を挙げた。二十代後半の男性だ。
「腐敗魔法と治癒魔法を実際に連携させたことはありますか」
「王都では治癒魔法師の方と正式に連携したことはありません」
「正式に連携するとしたら、どういう形になりますか」
「治癒魔法師の方が傷を塞いだ直後に、腐敗魔法の薬を使っていただく。それだけでいいです。腐敗魔法を使えなくても、薬の使い方さえわかれば対処できます」
「薬の使い方を教えていただけますか」
「もちろんです」
エルノが少し満足そうな顔をしていた。マリエルが壁際で静かに見ていた。
会合が終わって、部屋を出るとき、先ほどの女性がティアに声をかけた。
「ティアさん、少しいいですか」
「はい。何でしょうか」
「腐敗魔法を隠さなくていい場所があるというのは、本当に羨ましいと思いました。王都にもそういう場所ができればいいと思います」女性は言った。
「そうなるといいですね」
「治癒魔法師として、腐敗魔法と連携できるようになりたいと思います今日は話を聞かせてもらってありがとうございました」
「ありがとうございました。私もお話しできてよかったです」
女性が行ってしまうと、ティアはアオイを見た。
「治癒魔法氏の方達と話せてよかったです」
「そうですね」
「緊張しましたが、やってよかったです。腐敗魔法が怖いものではないということを、直接伝えられたので」
「伝わったと思います」
「そうだといいですが」ティアは言った。
屋敷に戻ると、エルノが言った。
「今日はありがとうございました。思っていたより話が進みました」
「そうですか」
「特にティアさんの話が効きました。実際に腐敗魔法を使いながら生きてきた人間の話は、理論より伝わります」
「そうですか」ティアは少し照れた顔をした。
「あの女性、サラさんといいますが、連携に一番前向きです。今後、サラさんを中心に治癒魔法師との連携を進めていきたいと思います」
「それはいいですね。アオイさんが次に来るときには、もう少し話が進んでいるかもしれません」マリエルが言った。
「そうなるといいですね」
「なります。方向は決まっています。あとは時間の問題です」エルノは力強く言った。
ティアが今日話したことは、アオイには話せないことだった。腐敗魔法を隠して生きてきた経験、家族に怖がられた経験。それを正直に話したから伝わったのだと思った。
ベアが言っていた言葉を思い出した。技術を教えるだけでなく、居場所を作ってやることが大事かもしれないと。
居場所ができたティアが、今日王都で腐敗魔法のことを伝えた。
グラウンから始まったことが、こういう形で広がっていく。
悪い流れではないとアオイは思った。




