第五十八話「ティア、初めての製造実演」
翌朝、マリエルと一緒に薬屋組合の建物に向かった。
ティアは少し緊張した顔をしていた。屋敷を出るときから口数が少ない。
「大丈夫ですか」とアオイは言った。
「大丈夫です。緊張しているだけで…」
「緊張していいです」
「そうですか」
「緊張しないほうが難しいと思うので」
ティアは小さく笑った。
「アオイさんは緊張しないんですか」
「あまりしないですが、最初に王都に来たときは少し緊張しましたね…」
「最初は緊張したんですね」
「腐敗魔法を街中でつかって、拘束されたので」
「拘束…大丈夫だったんですか?」
「マリエル様に助けていただきました」
「…それでも王都に来続けているんですね」
「薬屋組合との契約があるので」
「すごいですね…私は拘束されたら二度と来ないと思います」
組合の建物に入ると、ハルトとヴェルンが待っていた。
ハルトはアオイを見て、それからティアを見た。
「弟子の方ですか」
「初めまして。ティアと申します」
ティアが緊張した声で自己紹介した。
「ハルト・ゲスナーです。組合の代表をしています。マリエル殿から聞いています。腐敗魔法の使い手だそうで」
「はい。まだ修行中ですが」
「今日は製造実演を見せていただけると聞きました」
ハルトはアオイを見た。
「お二人でやっていただけますか」
「はい。ティアに薬草液を作ってもらいます。私は軟膏を担当します」
「わかりました。始めていただけますか」
作業台を借りて、製造を始めた。
アオイは軟膏の製造に入った。横でティアが薬草液の準備をしている。
ティアは最初の手順から丁寧にやっていた。薬草を量って、湯に浸して、腐敗魔法で成分を引き出す。
ヴェルンがティアの横に立って、じっと見ていた。
ティアが少し緊張したのがわかった。手が一瞬止まった。
「大丈夫です。いつも通りやってください」とアオイは小声で言った。
ティアは頷いて、また手が動き始めた。匂いを確認して、腐敗魔法の加減を調整して。いつも還り家でやっているのと同じ動きだった。
三十分ほどで薬草液が完成した。
「できました」とティアは言った。
ヴェルンが確認の為、匂いを嗅いで、少し舐めた。
「二ヶ月ちょっとでここまでできるとは…とても素晴らしいですね」とヴェルンは言った。
「ありがとうございます」ティアは少しほっとした顔をした。
「アオイさん。弟子の方が製造に加わっていただけるということですか」ハルトは言った。
「修行が進めばそうなります。今はまだ薬草液と軟膏の段階ですが、飲み薬も覚えていく予定です」
「そうですか」
ハルトは少し間を置いた。
「将来的には、ティアさんが王都で製造していただくことも可能ですか」
ティアが少し目を丸くした。
「王都でですか」アオイは言った。
「アオイさんはグラウンに戻る必要があります。ただティアさんが王都に常駐して製造していただければ、供給が安定します。もちろん今すぐの話ではありません。将来的な可能性として」
アオイはティアを見た。ティアはしばらく考えていた。
「…私が決めることですか」
「ティアが決めることです」
「今は答えを出せないですが…考えてみます」
「それで構いません。まずは修行を続けてください。可能性として頭に置いておいていただければ」ハルトは言った。
「わかりました」
組合を出たとき、ティアが言った。
「王都で製造するということは、グラウンを離れるということですよね」
「そうなります」
「グラウンを離れたくないです…今は」ティアは言った。
「そうですか」
「居場所ができたばかりなので…」
ティアは少し間を置いた。
「ただ将来的には、わかりません。グラウンで学んだことを、もっと広い場所で使えるようになれば、それはいいことかもしれないので…」
「そうですね」
「エルノ様が言っていました。腐敗魔法の使い手が王都にいれば、治癒魔法師との連携もやりやすくなると。それはいいことだと思います」ティアは言った。
「いいことですね」
「ただ今は修行中なので。まだ先の話です」ティアは笑った。
「そうですね」
屋敷に戻り、薬屋組合での話をマリエルに話した。
「ティア、決める必要はありません。修行を続けながら、少しずつ考えればいいです」とマリエルは言った。
「はい。マリエル様、一つ聞いていいですか」
「なんですか」
「マリエル様のお祖母様は居場所が見つかりましたか」
マリエルは少し驚いた顔をした。それから静かに言った。
「それは…私にはわかりません」
「そうですか。変な事を聞いて申し訳ありません」ティアは言った。
「でも…あなたはもう見つかっていますよ。グラウンで」
「はい」
昼過ぎ、エルノが屋敷に訪ねて来た。
ティアを見て少し目を輝かせた。
「前回より元気そうですね。修行はどうですか」
「順調です。薬草液と軟膏は一人で作れるようになりました」
「本当ですか!凄いですね。前回会ったときより自信がついた感じがします」
「グラウンでいろいろ経験できたので」
「菌の話はもう聞きましたか」
「はい。毎日聞いています」
「毎日ですか」エルノは少し羨ましそうな顔をした。
「私は王都にいるので、アオイさんが来たときしか聞けなくて」
マリエルが小声でアオイに言った。
「ティアとエルノ様が話していますね」
「そうですね」
「二人とも腐敗魔法に興味があるので、話が合いそうです」
「そうですね」
「アオイさんはいつもこういう場面で静かに見ていますね」マリエルは言った。
「見ている方が面白いので」
「そうですか。アオイさんらしいですね」マリエルは少し笑った。
エルノがアオイに向き直った。
「治癒魔法師との話ですが、来週、若い治癒魔法師が何人か集まる機会があります。アオイさんとティアさんに話をしてもらえますか」
「どういう話ですか」
「腐敗魔法と治癒魔法の連携について、実際の事例を交えて話してもらえると一番伝わると思います」エルノは言った。
「ティアさんにも、腐敗魔法の使い手として話してもらえると」
「私もですか…」ティアは少し驚いた顔をした。
「若い腐敗魔法使いが実際にどういう経験をしてきたか、聞いてもらえると伝わりやすいかと思って」エルノは言った。
「無理にとは言いません」
ティアはしばらく考えた。
「やります」
「本当ですか」
「腐敗魔法が怖いものではないということを、もっと多くの人に知ってもらえるなら」
「ありがとうございます。アオイさんと同じ考え方ですね」エルノは言った。
「師匠ですから」ティアは少し笑った。
夜、屋敷の部屋で今日の出来事をノートを書いた。
組合での製造実演、ハルトとヴェルンの反応、エルノとの話、来週の治癒魔法師との会合。
書きながら、今日一日のことを振り返った。
ベアが言っていた言葉を思い出した。二ヶ月でここまでできるようになるとは思っていなかったと。
ティアは成長が早い。ただそれは能力だけではないと思った。腐敗魔法を使える場所があり、受け入れてもらえる街があった。それが全部揃っていたから早かったのだと思った。
腐敗魔法の良さが少しずつ伝わっていけばいいと改めてアオイは思った。




