第五十六話「ティアの成長」
ティアがグラウンに来て二ヶ月が経った。
修行は順調だった。腐敗魔法の制御は最初と比べて格段に上手くなっていた。野菜の表面だけを分解する練習は、今では安定してできるようになっていた。
薬草の知識もベアのおかげで少しずつ増えていた。毎日ベアのところに通って、薬草の名前と性質を一つずつ覚えていった。
グラウンの人たちとも少しずつ打ち解けてきた。ハンスのパン屋には週に二、三回顔を出すようになっていた。マルタにも挨拶するようになっていた。
ただ一つ、家族からの手紙はまだ来ていなかった。
ある朝、アオイが薬草液を作っていると、ティアが作業台の前に立った。
「私もやってみていいですか」
「どうぞ」
ティアは薬草液の製造手順を最初から確認した。薬草を量って、湯に浸して、腐敗魔法で成分を引き出す。
アオイは横で見ていた。
手順は正確だった。腐敗魔法の使い方も丁寧だ。ただ成分を引き出す加減が少し弱い。
「もう少し腐敗魔法を強くしてみてください」
「これくらいですか」
「そうです。匂いが変わるので確認しながら」
ティアは慎重に調整した。匂いを確認して、また少し調整した。
三十分ほどで薬草液が完成した。
アオイは匂いを確認した。色を見た。
「できています」
「本当ですか!!」ティアは嬉しそうに言った。
「はい」
「やった!」ティアは小声で言った。それから少し照れた顔をした。
「すみません、はしゃいで」
「はしゃいでいいですよ」
「でも…」
「できたのは事実なので…」アオイは言った。
「ベアさんにも確認してもらいましょう」
ベアのところに持っていくと、ベアは匂いを嗅いで、少し舐めて、しばらく考えた。
「ちゃんとできている」ベアは言った。
「ありがとうございます」
「慎重すぎるくらい慎重にやったのか」
「はい。匂いを確認しながら少しずつ」
「それでいい。最初は慎重すぎるくらいがちょうどいい。慣れてきたら自然とスピードが上がる」
「そうですか」
「アオイもそうだった」ベアはお茶を飲んだ。
「最初は一つの薬を作るのに倍の時間がかかっていた」
「そうなんですか」ティアはアオイを見た。
「そうでしたね」
「今はそう見えないですが…速くて正確で」ティアは言った。
「慣れました」
「私も慣れますか?」
「お前は筋がいい。二ヶ月でここまでできるようになるとは思っていなかった」とベアは言った。
ティアは少し驚いた顔をした。
「ベアさんに褒めていただけるとは思いませんでした」
「褒めていない。事実を言っただけだ」ベアは仏頂面で言った。
その週の終わりに、軟膏の製造を任せてみた。
「一人でやってみてください。わからないことがあれば聞いてください」
「一人でですか」ティアは少し緊張した顔をした。
「できます」
「わかりました」
ティアは製造を始めた。コルモ草の精製から始めて、薬草精油との配合まで。アオイは少し離れた場所で別の作業をしながら、横目で様子を見た。
ティアは時々手を止めて、匂いを確認した。配合の比率をノートで確認した。慎重だが、手が止まりすぎることはなかった。
二時間ほどかけて、軟膏が完成した。
「できました」とティアは言った。
アオイは確認した。匂い、色、質感。
「できています。コルモ草の精製が丁寧です」
「毒性が残っていないか何度も確認しました」
「それでいいです」アオイは言った。
「これは今日の分として使えます」
「本当に使えるんですか…」
「使えます」
ティアはしばらく完成した軟膏を見ていた。
「…私が作った薬が、誰かの役に立つんですか」
「そうですね」
「腐敗魔法で作った薬が…」
「はい」
ティアはまた軟膏を見た。それから静かに言った。
「…よかった」
その日の夕方、ゴルドが来た。
「今日ティアが一人で軟膏を作ったんですよ」とアオイは言った。
「一人で…そうか」ゴルドはティアを見た。
「見せてみろ」
ティアは軟膏をゴルドに渡した。ゴルドは少し匂いを嗅いだ。
「アオイが作ったものと同じか」
「同じものです」とアオイは言った。
「ほう」ゴルドは軟膏をティアに返した。
「よくやった」
「ゴルドさんも褒めるんですね…」
「褒めていない。事実を言っただけだ」ゴルドは仏頂面で言った。
「ベアさんも同じことをおっしゃっていました」
「あの婆さんと一緒にするな」
ティアは嬉しそうに笑った。
「ゴルドさん、一つ聞いていいですか」
「なんだ」
「グラウンの人たちは、腐敗魔法を普通に受け入れてくれていますが、最初からそうだったんですか」
「最初からではない」ゴルドは言った。
「アオイが来たとき、戸惑っていた人間もいた」
「…そうですか」
「ただアオイが薬を作って、役に立つとわかって、少しずつ変わっていった。今ではアオイがいない街は考えられない」
「私も、いつかそうなれますか」
「なれるかどうかはお前次第だ」ゴルドはティアを見た。
「ただお前はもうグラウンに来て二ヶ月経つ。街の人間はお前のことを知っている。戸惑っている人間はいないぞ」
「本当ですか」
「本当だ」ゴルドは言った。
「ハンスもマルタも、ティアが来てよかったと言っていた」
ティアはしばらく黙った。目が少し潤んでいた。
「そうですか」とティアは小さく言った。
「…泣くな」ゴルドは仏頂面で言った。
「まだ始まったばかりだ」
「泣いていません」
「目が赤いぞ」
「…気のせいです」
ゴルドはため息をついた。それからお茶を飲んだ。
ある朝、還り家の前に薬草が置いてあった。
いつものミドリからの薬草だ。
アオイが取りに行くと、ティアも出てきた。
「ミドリが持ってきたんですね」
ティアは薬草を見た。
「そうです」
ティアは森の方向を見た。
「ミドリ、ありがとう」と小声で言った。
その週の終わり、ティアのところに手紙が届いた。
差出人の名前を見て、ティアの顔が少し固まった。
「…家族からです」
アオイは何も言わなかった。
ティアはしばらく封書を持っていた。それからゆっくりと開けて手紙を読んだ。
「何と書いてありましたか」とアオイは言った。
「元気にしているか、と」ティアは言った。
「あと、無理をするなと」
「それだけですか」
「それだけです」ティアは手紙を見た。
「短い手紙でした。ただ…手紙が来て、よかったです」
「そうですね」
「返事を書きます。元気にしていると。グラウンはいいところだと」
ティアは手紙を大事そうに畳んだ。
「少しずつ、わかってもらえるといいですが」
「そうですね」
「はい」ティアは顔を上げた。
「今日の修行、始めていいですか」
「どうぞ」
ティアは作業台の前に立って白衣を羽織った。ソニアに作ってもらった白衣だ。
アオイは自分の作業を始めた。




